ばかりでした。
「ヘヘヘ……。よく中《あた》りましたで御座いましょう。妾はこの国第一の年寄りで、又この国第一の占者《うらない》なので御座いますもの。当らない筈は御座いませぬ。妾は初め、向うから貴方が馬に乗ってお出でになるのを見付けまして、貴方のお顔を見ました時、すぐに貴方は貴い身分の御方で、御両親や妹御様方があり、しかもその末の妹御様は、この間十何年の長い間、他の国で美留女姫と名乗ってお話|狂気《きちがい》とまで云われた夢を御覧になって、その夢が覚めると、枕元の窓の処に一匹の赤い鳥が居た事、そうしてその長い夢の間に、昨日《きのう》までの事を忘れてしまって、却《かえ》って今の御身の上を夢ではないかと思っておいでになる事なぞが、一時《いちどき》にすっかり解かったので御座います。
 紅矢様。お気をお付け遊ばせ。その妹御様の美紅姫こそ、貴方のお家の災の種で御座いますぞ。美紅姫はこの間御覧になった夢の中で悪魔になってしまって、赤い鸚鵡という鳥を召し使いにして、貴方のお家に恐ろしい災を降らせ、貴方の御両親や、貴方や、濃紅《こべに》姫や、家中《かちゅう》の人々を鏖《みなごろし》にして、只自分独り生き残って、そうしてこの国の女王となって、勝手気儘な事をしようと思っておられるので御座いますぞ」
「では濃紅姫はお后になる事は出来ないのか」
 と紅矢は声を震わして尋ねました。
「はい、出来ませぬ。出来ませぬ。妹御の美紅姫が邪魔を遊ばします。いや、美紅姫ではない。悪魔に咀《のろ》われた美紅姫、つまり夢の中の美留女姫が邪魔を遊ばします」
「嘘だ。美紅姫はそんな悪い女でない。又そんな悪魔に魅入られるような女ではない。私はお婆さんの云う事を本当にする事は出来ない。他の占《うらない》は皆当ったけれども、今の占だけは決して当らない」
 と紅矢は顔を真赤にして、身を震わしながら云い切りました。けれどもお婆さんは中々|凹《へこ》みませんでした――
「今までの占がもし当ったとすれば、今の占も決して中《あた》らぬ筈は御座いませぬ。嘘だと思《おぼ》し召《め》すならば、その証拠を御覧に入れましょうか」
 紅矢はお婆さんからこう云われても、どうしても妹の美紅がそんな事をするとは思われませんでした。そしてあの可愛い妹を悪魔のように云うこの婆さんが、心から憎くなりまして、もう一時も馬に乗せておく事は出来ない位腹が立ちました。けれども又思い直しまして、この婆さんは決して悪い気で云っているのではあるまい。屹度占いを間違えて、それを本当にして心配して、自分に教えてくれるのに違いないと考え付きましたから、それならば一つその証拠を見て、それから間違っている事を教えてやろうと思いまして――
「では、お婆さん、その証拠を見せておくれ」
 と頼みました。
「その証拠というのは、これ、この果物で御座います」
 と云いながら婆様《ばあさん》は、手に持った果物の籠を見せました。
「何、その果物が証拠とは……」
 と紅矢は驚いて中を覗きますと、中には見事な林檎が七ツ這入っておりました。
「妾はこれでその占いを立てたので御座います。御覧遊ばせ、七ツ御座いましょう。丁度悪魔の数で御座います。これを倍にすると美紅姫のお年になります。つまり美紅姫は悪魔に取り付かれて身体《からだ》が二ツになって、その半分は今貴方の御命をつけねらっているという事になります」
「馬鹿な。そんな事があるものか。都からここまでは何百里とあるものを」
 と又紅矢は馬鹿馬鹿しくなって笑い出しました――
「ではその果物が美紅姫だと云うのかえ」
「イイエ。そうでは御座いませぬ。けれども悪魔の美紅姫はこの果物の直ぐ傍に居るという事で御座います」
「何、私の傍に」
 と紅矢は思わずそこらを見まわしましたが、そこは丁度|只《と》ある森の中の橋の上で、あたりには人一人通らず極く淋しい処でした……と思う間もなくどうした途端《はずみ》か、お婆さんは不意に今まで大切に抱えていた果物の籠を、馬の上から取り落しまして――
「あれっ。大変だア」
 と叫びながら、自分も一所に馬の上から転がり落ちて、周章《あわて》て果物を拾おうとしましたが、生憎《あいにく》果物は橋板の上を八方に転がり出して、大方河の中へ落ちてしまいました。するとお婆さんは俄《にわか》に泣き声を張り上げて――
「あれッ。大切な果物が皆河へ落ちた。王様へ差し上げる占《うらない》の果物は皆流れて行って終う。ああ、勿体ない。勿体ない。あれ、取って下さい。取って下さい。誰も取ってくれなければ妾が行く」
 とそのまま欄干《てすり》に走り寄って、今にも飛び込もうとしました。これを見た紅矢は驚くまい事か、「お婆さん、危い」と叫びながら直ぐに馬から飛び降りて、お婆さんを抱き止めて、代りに自分が素裸体《すはだか》にな
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