たので御座いましょう。これと申すもあの鏡と鸚鵡、二ツの魔物が、王様の御心を眩《くら》ましたからで御座いましょう。何卒《どうぞ》、王様。御心を御静め遊ばして私の申す事を御用い遊ばして……」
と喘《あえ》ぎ喘ぎ口説き立てましたが何にもなりませんでした。扉の中からは何の返事も聞こえず、却《かえっ》て廊下番の兵隊共に引き立てられて、王宮の御門から逐《お》い出されてしまいました。
ところが青眼先生が引っ立てられて行くと間もなく、又もや赤鸚鵡が叫び立てました――
「あれあれ、王様、今度は紅矢が御目にかかりに来る様子で御座います。今|家《うち》から馬に乗りまして、この御殿の方へ出かけるところで御座います。
只今紅矢が参りますのは他の事でも御座いませぬ。紅矢はずっと以前《まえ》に旧《もと》の藍丸王から、自分の第一番目の妹|濃紅《こべに》姫をお后に差し上げるよう、固い御言葉を受けておりまして、まだ家《うち》の者には話しませぬが、兄妹《きょうだい》共はそれを楽しみに致しておったので御座います。ところが紅矢はこの間から父の用事で、北の加美足国へ参いっておりましたが、今日帰って参りますと、今朝《けさ》王様があのような御布告《おふれ》をお出し遊ばして、他の国々からお后をお選みになるという事を聞いて、妹思いの事で御座いますから、夢かとばかり驚きまして、直ぐに王様の御布告《おふれ》が本当かどうか伺いに参いるので御座います。今紅矢は廊下の番兵にお取次を頼みました。御聞き遊ばせ」
と云いも了《おわ》らぬうちに兵士の声が扉の外から――
「紅矢様の御出《おい》でで御座います」
と高らかに聞こえました。
王は直ぐに返事をしました――
「まだ誰もこの室《へや》に這入る事は相成らぬ。用事があるなら後《のち》に来い」
この言葉を扉の外で聞いていた紅矢は、全く夢に夢見る心地がしました。紅矢も青眼先生と同じように、王様からこのような荒々しい、菅無《すげな》い言葉を受けたのは、これが初めてでした。それでなくても濃紅姫の事を思うて、胸が一パイになっていた紅矢は思わず扉に取り付いて叫びました――
「王様。王様。王様は如何《いかが》遊ばしたので御座いますか。どうしてそのようなお情ない事を仰せられますか。紅矢で御座います。紅矢で御座います。何卒《なにとぞ》一度だけ御眼にかからせて下さいまし。私の妹の濃紅の事で、是非申し上げなければならぬ事が御座いますから」
「濃紅がどうしたというのだ」
「エエッ。最早《もはや》王様は御忘れ遊ばしましたか。彼《か》の御約束を御忘れ遊ばしましたか」
「忘れはせぬ。けれども約束を守るなぞという事は大嫌いになった。昨日《きのう》の王と今日の王は別人だ。そんな約束を守らなくともよい。もしその濃紅姫とやらを后に為《し》たいと思うならば、最前《さっき》国中に布告《ふれ》さした通りに、今日から一週間の後《のち》に、国々の女と一所に宮中へ差し出せ。もし気に入ったら后にしてやる。帰ってその事を妹に知らして、支度をさせておけ。間違うと許さぬぞ。その他に用事は無い。帰れ」
と世にも無法な言葉です。紅矢は今日まで、両親《ふたおや》よりも、妹共よりも、誰よりも慕わしく懐かしく、天にも地にも二人と無い、慈悲深い気高い王様と思い込んでいたのに、今は鬼よりも無慈悲な、獣《けだもの》よりも賤《いや》しい御心になられて、その声までも虎のように荒々しくなられた事が解かりました。その上に今まで、何よりも楽しみにしていた濃紅姫の事を、王は自分で約束しながら、自分で破って、あられもない国々の賤《いや》しい女共と一所に、一週間の後に御目見得に出せとは、まあ何という浅ましい仰せであろうと、余りの悲しさ情なさに紅矢は前後を忘れてしまって、泣くにも泣かれず、只狂気のように頭の毛を掻《か》きむしりながら、驀然《まっしぐら》に王宮を駈け出ました。
十三 名馬の蹄音
紅矢が王宮を駈け出ますと、直ぐに王は又鏡に向って、最前の美留藻《みるも》がお婆さんに化けた後《のち》の有様を見せろと命じました。けれどもまだ鏡に何も映らぬ前に、王は不意に恐ろしい物音を聞きつけて叫びました――
「あれ。あの音は何だ。雷の響か。霰《あられ》の音か。否々《いやいや》。馬の蹄《ひづめ》の音だ。何という高い蹄の音であろう。何という疾《はや》い馬であろう。あれ、王宮の周囲《まわり》を街伝いに、もう一度廻ってしまった。あの馬の騎《の》り手はこの夜更けに何のためにこの王宮のまわりを駈けめぐるのであろう。あんな疾い馬がこの世に在るか知らん。騎《の》り人《て》は俺の知らぬ魔者ではないか知らん。あれ、最早《もう》二度まわってしまった。今度は三度目だ。これ、白銀《しろがね》の鏡。赤鸚鵡。美留藻の行衛《ゆくえ》は最早《もう》
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