靴を穿いている。背はあまり高くなく、強度の近眼鏡をかけた学者風の丸顔で、一見神経質の人らしく見える。好色漢《すけべえ》らしいところは微塵《みじん》もなく、却て記者を不良か何かと見たらしい顔付である。
 記者は面喰らいながら帽子を脱いだ。
「ハイ、実はここではお話も出来かねる事で……」
 と傍の少年をかえり見た。
 先生は何と思ったか、急に物柔かな態度になった。
「ア……そうですか。では恐れ入りますが、私の宅までお出《いで》願われますまいか」
「それは恐縮ですが……」
「イヤ、お構いさえなければ……むさくるしい処ですが」
 記者は風向きがあまり急に変ったので少々面喰らった。しかし兎《と》も角《かく》も、抜け弁天の付近にある先生の私宅まで、ザアザア降る中をお伴して行った。
 その私宅というのは或る富豪の長屋で、少年はその家の三番目の令息であった。兄と一緒に(この日は何故かその兄と一緒でなかった)神田辺の或る中学に通っているので、その中学英語の先生田宮(仮名)はその家庭教師として長屋に居るのであった。ところが兄弟とも成績と品行があまりよくないので困っているらしい事が、田宮夫人のオシャベリでわ
前へ 次へ
全263ページ中240ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
杉山 萠円 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング