致しているから、聞いた通りここに書いておく。事実の有無は保証出来ない。只参考迄である。
 その男は高い身分を持つ某家の令息で、好男子で、ピストルを撃つ手腕に独特のものがあった。
 彼は十代から家を出て、乾児《こぶん》を連れて東京市中のカフェーを押しまわった。彼の前でちょっと生意気な素振りをする者があると、彼はいつも相手の意表に出る乱暴を加えてタタキ伏せた。
 彼の乱暴とピストルは仲間の敬意の焦点となった。

     警視庁を横目に睨んで脅迫


 彼は遂に警視庁に挙げられて処分されたが、出獄すると間もなく、嘗て警視庁の巡査の先生であった有名な武術家某氏を単身訪問して暇乞いをした。
「今から東京を立ち去るから、旅費二百円程頂きたい」
 と要求した。
 武術家某氏は言下に拒絶した。
 彼は黙って懐中から短銃を取り出して見せた。
「今この中に六発の弾丸が這入っております。その第六発目で貴方を撃つのですから、そのつもりで見ていて下さい」
 と念を押して、悠々と一発放った。その弾丸は武術家某氏の耳朶とスレスレに飛んで天井を貫いた。
 某氏は粛然としていた。
 ――二発――三発――四発――。
 
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