を引っかけようと試みる……といった風で、どちらにしてもいい事は一つもなかった事も原因している。
 そうしたさなかの事とて、学校当局はもとより、父兄側の取締の不充分であった事も勿論であった。
 このような一時|間《ま》に合わせの授業が、校舎の都合や教師の不足等のため、授業開始や放課の時間を改めたり、又は場所を換えたりするのは止むを得なかった。
 そのために生徒は何度も面喰らわせられた。うっかりすると真面目な生徒にでさえも、この頃の課業はいい加減なものだという感じを抱かせた。
 一方、父兄も共に、子女が「今日は学校は午後です」とか、「今日は午前です」とか、「学校がかわったから」とか、「一時休みです」とかいうので、かなり間誤付《まごつ》かせられた。
 このような事実は、なまけものの生徒にとって、この上もない有り難い口実であった。震災後の、万事に慌ただしい、猫の眼のようにうつりかわる気分に慣れた父兄は、わけもなく胡麻化《ごまか》された。日が暮れて帰って来ても、「今日は課業が夜になっちゃって」と済ますことが出来た。
 こうしたエス(学校を勝手に休む事)の自由が、どれだけ学生の堕落性を誘発したか知
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