こともあるそうである(この式で只口先だけでいくらと払わせるのも、ほかにいくらもある)。金を払うとすぐにその女給がテーブルに来るという(来ない処もあるが、チップ次第が多いと聞く)。
奇妙な喫茶店
以上述べたのは東京の目抜の処の一例であるが、それ以外の低級な処へ行くと、こんな心配も気兼ねもいらぬ。極めて平凡で乱雑である。
大森、蒲田、その他東京の郊外、市内でも早稲田、下谷なぞのカフェーやバーに這入ると、真白なお化けが飛び付いて来る。椅子が無ければ、初めてのお客の膝の上にでもイキナリ腰をかけかねない。実に手軽い歓楽境である。
神楽坂のような震災後の目抜の処でもこの流儀のがある。お客はビールと豆位でいつまでも騒いでいるが、流石に女は酒を飲ませぬ事になっている。殊に十二時キッチリに店を締めるから、場末のように見苦しい事はない。但、このような店は、単に十二時以後に於ける、店以外の商売の取引場と見てもいい位のものである。
尚、特別の特別――かどうか知らぬが、記者の眼にそう見えたのがある。
一軒しかないのだから処は挙げられぬが、浅草か銀座かと思って頂きたい。或る狭い横町のカフェーに這入ったら、表の割りに内部は奇麗である。
狭い壁を全部、印度更紗《インドさらさ》模様の壁紙で貼り詰めて、床にはキルクが敷いてある。大理石の机が階下に二つ、二階には只一つある。その只一つの机の真ん中に、香り床しいクリサンセマムドワーフの鉢が、これも只一つ置いてあった。それから正面の壁に美人の写真の額が、これもたった一つかけてある。そこへ十四五の小娘が白いエプロンをつけてチョコチョコと出て来たから、紅茶とお菓子を命ずると、ハイと云って降りてゆきかけた。
「店にはお前一人かね」
ときくと、黙ってうなずいて降りて行った。記者は煙草を吸いながら考えた。
……表は見すぼらしい――内部は見事なカフェー――小娘が唯一人――お客はあまりないらしい。それでいて場所は日本一である。これでどうして商売になるのかしら……。
こんな事を考えているうちに、小娘がお茶とお菓子を持って階段をソロリソロリと上って来たから、受け取って飲んで見るとなかなか上等のものである。菓子も※[#「凩」の「木」に代えて「百」、第3水準1−14−57]月か木村屋かと思われる。記者は小娘に聞いてみた。
「この店ではお料理もするの
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