教育方針は、真実に近代思想を理解して、指導的に女性解放をやっているように見えない。反対に、人気取りのためにお嬢さん方の希望と迎合しているかのように見える。だからその結果は、無意味な虚栄奨励、見栄坊許可という事実に堕ちている。
その結果、彼女達仲間の嫉妬心や羨望心を増長させている。手癖の悪い娘が出来たり、虚栄のために身を持ち崩すお嬢さんが出来たりしている。
その証拠は新聞の軟派の雑報を見るがいい。又は警察に行って聞いて見るがいい。
自惚《うぬぼ》れから堕落へ
少女の堕落の今一つは、矢張り近代思想の誤解から始まって享楽主義に落ちる事である。この世は無意味である。只、享楽だけがある。人生は零である。只、刹那の感興だけしかない。これに対して人間は絶対に自由でなければならぬ……といったような思想を、極めて低級な意味に考えて実行する。
実は、うぬぼれていい――堕落して構わない――と考えて堕落した事になる。
今の東京はうぬぼれの大競争場である。あらゆるおめかしの大品評会場である。大抵の風姿《なり》をしても驚かぬ程、その競争は激烈である。
活動役者の表情の技巧や、近代芸術の線や色彩は、そんなに別嬪《べっぴん》でなくとも挑発的に見える化粧法や表情法を、到る処に鼓吹している。
そんな研究に浮身を窶《やつ》しているうちに、彼女たちは自分の持っている性の強さ、魅力を知るようになる。又は、女の弱身をそのまま男性に対する強みにする方法を飲み込むようになる。
これが堕落の初め終りである。
芝居や実世間のバムパイヤになれる唯一の大道である。
女学生なら、先生に泣き付いて出欠を胡麻化《ごまか》す。色仕掛で落第を喰い止める。職業婦人だと、会計を軟化させて前借をして逃げる。重役の令息の新夫人に脅迫状を送る……なぞいうのがいくらも暗《やみ》から暗《やみ》へ葬られている。新聞に出ているのはその一部分である。
泥棒の手習い場
一方、本物の不良少年も、異性を引っかけるばかりでない。泥棒、詐欺、脅迫なぞいろいろやる。そうしてこの種類になると、極《ごく》軽いのでも本物の不良としてお上《かみ》から睨まれるのである。男女関係のそれのようにありふれていないからでもあろうか。東京市中はこんなあらゆる種類の「不良養成所」である。殊に現在のバラック街はそうである。
震災後急増
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