と顔を撫でて苦笑した。
  ヤ……
  私は……
  まだ独身で……
 智恵子もハッと半巾《ハンケチ》で口を蔽いながらあやまった。
  マ……
  どうも失礼を……
 徳市は高らかに笑った。
 智恵子も極《き》まり悪げに笑った。
 時子が傍《かたわら》から取りなした。
  ではお友達にでも……
 徳市は急に真面目になって暇《いとま》を告げた。
 智恵子と時子は名残《なごり》を惜しんだ。
 徳市は二枚の切符を懐中にして逃げるように星野家を出た。

     ―― 11[#「11」は縦中横] ――

 徳市は星野家を出ると又行く先がなくなった。懐中には唯帝劇の切符が二枚ある切りであった。スッカリ悄気《しょげ》てとある横町を通りかかった。
 労働者の風をした男が徳市に近付いて肩に手をかけた。
 徳市は立ち止まってふり返ると、変装した浪越憲作を認めてハッとよろめいた。
 憲作はニヤリとして口に指を当てた。眼くばせをして先に立った。
 徳市はうなだれ[#「うなだれ」に傍点]てついて行った。
 二人はやがて丸の内の山勘横町《やまかんよこちょう》へ来た。事務所|様《よう》の扉を押して憲作はふり返った
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