を見交《みかわ》した音絵は驚きふるえつつ次の間に退いた。
 あとを見送った武丸は真面目な表情になった。仏前に茶碗を直し、畳の濡れたところをハンケチで拭いて尺八を取り出し、秘曲中の秘曲「雪」を吹き初めた。その調子はいつもとまるで違って美しく清らかであった。
 音絵は襖《ふすま》の間からそっとのぞいて見た。
 尺八に金文字で「玉山」と書いてあった。
 音絵はハッと袖を顔に当てた。声を忍んで泣いた。泣きながら耳を傾けた。

     ―― 9 ――

 武丸はこの時限り姿を見せなくなった。
 音絵は鬱々と暮した。
 養策は腕を組んで考えた。

     ―― 10[#「10」は縦中横] ――

 歌寿は喘息が落ち付いたので、見舞いに来た音絵に秘曲の「雪」を教え初めたが間もなく中止した。「だれにこの秘曲をお習いになりましたか」とすこし顔色をかえてきいた。
 音絵はハッとしたが「誰れにも習いませぬ」と云い切った。
 歌寿は急《せ》きこんだ。「今の位取《くらいど》りは初めてとは思われませぬ」と押し返して詰《なじ》り問うた。
 音絵はどうしても「習いませぬ」と云い張って急に泣き伏してしまった。
 歌
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