う隅田川

 それはともかくとして、記者は江戸ッ子衰亡の事実を見たり、聞いたりする度毎に、あの隅田川を思い出さずにはいられない。否、あの隅田川の岸に立つ毎に、記者は、この河に呪われて刻々に減って行く江戸ッ子の運命を思わずにはいられないのである。
「富士と筑波の山合《やまあい》に、流れも清き隅田川」
 と奈良丸がうたい、
「向うは下総《しもうさ》葛飾郡、前を流るる大河は、雨さえ降るなら濁るるなれど、誰がつけたか隅田川ドンドン」
 と昔|円車《えんしゃ》が歌った隅田川――ドンヨリと青黒く濁って、東京の真中を渦巻き流るるあの隅田川が、昔も今も江戸ッ子の滅亡を呪うていようとは滅多に気が付く人はあるまい……と云うと、何だかエライ神秘的な由来でもありそうであるが、説明は頗《すこぶ》る簡単である。
 隅田川は昔から身投げが絶えぬ。都会生活に揉まれて、一種の神経衰弱に陥った人間が、彼《か》の広い、寂しい、淀みなく流るる水を見ると、吸い込まれるような気持ちになるのは無理もないであろう。しかし江戸の人口に差支える程身投げがあったら大変で、隅田川が江戸を呪っていると云うのはそんなわけではない。もっと深刻な意
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