「相談をして来ましょう」
 と引き退った。
「しかし覚悟がきまらない以上、相談する事はない筈」と冷笑されながら……。
 こんな風で、彼等はほかの市民が揚々と大手をふってあるく中に、意気地もなく取り残されてちぢこまっているようになった。しまいにはそれに慣れてしまって、現在では、警察や市役所のお役人を只《ただ》無意味に恨めしいものと思うような連中が殖えたらしい。
 一方に青山あたりのバラック民は敷地が陸軍省のものなので、市役所から立ち退きの日を限られると、すぐに陸軍省へ行って、別に延期の約束をして得意になっているといったようなスバシコイのも居る。
 どちらにしても、一般市民からいくら軽蔑されても構わないという精神のあらわれで、一般の敬意や同情を受けていない事は明らかである。
 とうとう当局では堪忍袋の緒を切らして、去る十月中旬、月島のバラックであったかに吏員を派して、片っ端から屋根をメクリ始めた。そのバラックの連中は大いに驚きあわてて吏員と争ったが、吏員はドシドシ屋根めくりを強行したので、訴えるとか何とかいうことになった。この納《おさ》まりがどうなったか聞き洩らしたが、その最初にメクラれ
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