そこが又東京の住まいよいところで、同時に住みにくいところともなっている。これは東京が江戸の昔から諸国人の集まりであるのに原因していること云う迄もない。
 然るにその中でも純江戸ッ子だけは、「顔」という人類最高のパスを持っている。このパスの利くところは町内や市場、又は出入りの旦那やおやしきは勿論のこと、大きいのになると随分遠方の隅々まで利く。しかもこのパスは金ばかりでなく、いろんな意味にもパスとして使える。「何とかの何とかを知らねえか」と大きな眼を剥《む》くのは、このパスを見せているので、「宵越しの金は使わぬ」という気前も、このパスがあるから安心して見せられたものである。
 こうしたパスが利くようになった原因は、彼等が「町内」という故郷を持っているからで、その又ずっと遡った由来を尋ねると、旧幕時代の自身番や家主制度を育てた習慣ではあるまいかと思われる。
 とにかく大多数の江戸人が見ず知らずの赤の他人である中に、彼等ばかりは故郷たる町内を持っていた。その町はいくつかの大集団をなして下町を蔽うていたので、すくなくとも彼等の町内には「かお」が通っていたのである。
 それから今一つ。
 彼等兄い
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