文明の悪徳退治、地位と名誉と財産の守り神と云われる本場水晶の印が、御覧の通り一円から十五円まで取り揃えて御座います。お高価《たか》いようでお安いもの……」
「エエ、これが畳針《ふとはり》でございます。厚いものをお綴じになるので、市中の相場が一本十二銭。これが大皮針の十銭に、中の七銭、小さいのが五銭。先の処が鋭利な三角になっておりまして、舶来のトランクでも楽に通ります。その他|木綿《もめん》針、メリケン針、絹針、刺繍針、合わせて三十本で僅か二十銭……これだけあればどんな縫い物でも出来ます。奥様やお嬢様へのお土産はもとより、独身生活のお方の福音として歓迎されております。サックまで付けて今夜は只の十五銭……折れるの曲がるのという御心配のないメリケンスチールの精製品……ハイ只今――」
 これだけの口上を聞けば、浅草に来る人々にバラック住居《ずまい》の稼ぎ人が多勢居ることがわかるであろう。そんな連中が、こんな品物に釣られる程度に東京慣れしない田舎者で、しかも、懐《ふところ》具合いは割り合いにいい事が推測されるであろう。
 いずれにしても浅草は昔の浅草でなくなった。赤毛布《あかゲット》が上花客《じ
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