に派手にする代り、店の中は窓も棚もテーブルも一面に商品を並べて、悉《ことごと》く大文字の正札をつけておく。いらっしゃいとも何とも云わぬ……という式が多い。
こうしておけば、買わぬはお客の自由というように見えるが、実はそうでない。安いものは通りかかりにでもちょっと眼に付く。ふりかえる。立ち止まる。よく見る。ほかのと見比べる。気に入ったのがあれば買う。無ければ買わないという直接法の一点張りで、品物のよしあしは別として、まことに手数がかからない。
流石《さすが》に丼屋や何かいう喰物店は実物を並べて正札をつけてはないが、それでも中に這入《はい》ると壁一パイの正札である。喰べる処は大抵椅子|卓子《テーブル》式で、腰をかけるとすぐに、
「何に致しましょう……畏《かしこ》まりました……エエ、五十銭に八十銭に一円……一円二十銭と四通りで……」
とあたりに響く大きな声で正札を云う。これに屁古垂《へこた》れる人間は浅草で物を喰う資格はない。
ギリギリ決着のところ、浅草で正札の付いていないものは、「女」だけと云ってもいい位である。
こうした大文字の正札式は浅草ばかりではない。神田、本郷、牛込あたり
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