すればする程、彼等は落ち付き払って、只義理に声ばかりかけているのが多い。
「もっと前の方に行って下さいよ。降りる時にはチャンと卸《おろ》して上げるから。掴まって下さい。動きますから。オヤオヤ又停電か。どうも済みませんね。尤もこの電車ばかりではありませんがネ。一つコーヒーでも準備しますかね」
 といった調子で、まるでお客を馬鹿にしているが、それでもお客は笑いも怒りもしない。生活に疲れたあげく、こうした電車に押込まれて神経過敏になった人々は、イヤでも青黒く黙りこくった個人主義になって、只気もちばかりイライラするのをジッと我慢しているという姿になるのは止むを得ない事である。このような烈しい個人主義的の神経過敏たるべく、朝夕訓練されている東京人が、どんな性格に陥って行くか、どんな文化を作り得るか……これも想像に難くないであろう。
 電車の次には自動車である。
 東京市内に自動車が驚く程殖えた事、その流行や、ガソリン、運転手なぞの事は茲《ここ》に詳しく報道したから、此処には省いて、只種類と感じに就いて二三説明しておきたい。
 死体や罪人を別として、東京市内の人間を運ぶ自動車の種類がザッと四ツある
前へ 次へ
全191ページ中114ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
杉山 萠円 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング