ない。
強制的屋根メクリ
彼等避難民は、こうして巧妙に裏からと表からと皮肉られ、恥《はずか》しめられながら、大きな声で不平も云い得ぬ。それかといって、避難バラック大会を開いて、輿論《よろん》に訴えるという図々しさもない。……というのは、彼等自身がお互に、恥も体裁もかまわない、市民のために大切な公園を汚すと云われても公共的精神が無いと云われても聴かぬふりをしていよう、出来るだけ無家賃の処にヘバリ付いていようという、サモシイ心根を認め合っているからで、大びらに発表するような理由は無論ない。又|仮令《たとえ》発表しても、世間の同情がとっくの昔に彼等を離れている。彼等が、身から出た錆《さび》とはいいながら、一種の侮蔑的の眼で見られていることはよく知っているからである。
彼等のうちの或るものは止むを得ずドウゾヤどうぞと日延べを願った。そうしてその日限りが来てもグズグズベッタリをきめ込んだ。催促されると、済みません済みませんと云っては、又日延べをする。
「そんな事じゃ埒《らち》があかぬ。お前たちがそんな腹なら、こちらも強制的態度を執《と》るぞ」
と云われても、返事が出来ないで、
「相談をして来ましょう」
と引き退った。
「しかし覚悟がきまらない以上、相談する事はない筈」と冷笑されながら……。
こんな風で、彼等はほかの市民が揚々と大手をふってあるく中に、意気地もなく取り残されてちぢこまっているようになった。しまいにはそれに慣れてしまって、現在では、警察や市役所のお役人を只《ただ》無意味に恨めしいものと思うような連中が殖えたらしい。
一方に青山あたりのバラック民は敷地が陸軍省のものなので、市役所から立ち退きの日を限られると、すぐに陸軍省へ行って、別に延期の約束をして得意になっているといったようなスバシコイのも居る。
どちらにしても、一般市民からいくら軽蔑されても構わないという精神のあらわれで、一般の敬意や同情を受けていない事は明らかである。
とうとう当局では堪忍袋の緒を切らして、去る十月中旬、月島のバラックであったかに吏員を派して、片っ端から屋根をメクリ始めた。そのバラックの連中は大いに驚きあわてて吏員と争ったが、吏員はドシドシ屋根めくりを強行したので、訴えるとか何とかいうことになった。この納《おさ》まりがどうなったか聞き洩らしたが、その最初にメクラれ
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