とをされては、地面の価格やのれんのねうち[#「のれん」と「ねうち」に傍点]、その他あらゆる方面に困るというので大反対の運動を起した。これに英国人一流の保守気質が共鳴して、とうとうその計画者の首を切り、富豪連の御機嫌にさわらない、昔の不便なままの形をした都市計画を遂行する役人を押し立てて、とうとう今のロンドンを作り上げた。
その不便な、不衛生な、貧民窟の増加し易い、犯罪の行われ易い、そうして保守的なブル階級にだけ都合よく、進取的なプロ階級にとって不愉快極まるロンドンが、如何に新しい英国の発達を妨げたことであろう。
更にそこから湧き出した病毒、悪思想が、或は肉体から肉体へ、又は紙から紙へと伝わり拡がって、どれ位現在の英国を悩まし労《つか》れさしていることであろう。
東京はちょうどそうなりつつある。
復興院が握り潰され、復旧案が持ちあつかわれて、今ではその復旧すらも容易に行われそうにない。恰《あたか》も東京の裡面に何者かが潜んでいて、東京を出来るだけ永く復興させまい。いつ迄も暗黒状態に置いて、自治制を思い切り腐敗させたい。そうして最後にブル階級にのみ都合のいい復旧案を保留しておきたいと考えているかのように見える。
或る種の市会議員が活躍するのはこの意味を含んでいるのである。永田前市長が、
「市区改正をやり遂げ得なかったのが残念だ」
と云ったのはここの事である。
[#改ページ]
江戸ッ子衰亡の巻
日本第一の無自覚
何でも裡面の消息を素《す》っ破《ぱ》抜くと、大抵は皮肉か憎まれ口になる。「新東京の裏面」の一篇もまたこの例に洩れない。
ところがその市政のアラを往来から数え立てて、その堕落腐敗の原因はどこにあるかと見まわして来ると、その罪は東京市民が負わねばならぬ。ことにその大部分の罪は、震災以前の東京市民、わけても吾が敬愛する「江戸ッ子」諸君が負わなければならぬことになるのである。
「江戸ッ子」というのは、つまり生《は》え抜きの東京人で、吾が大和《やまと》民族の性格の生《き》ッ粋《すい》を代表していると云われている。
京都人が日本人の上品さと意気地なさを代表し、大阪人が日本人の利口さとキタナさを代表しているものならば、それ等をゼイロクと罵《ののし》り去って、玉川上水に尻《けつ》を使い、天下の城の鯱《しゃちほこ》を横眼に睨んだ江戸ッ子
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