この百万円の花火がタッタ一発上がった切りスッと消えてしまうと、あとの世界は又薄暗い不景気になってしまった。
 皇室では内帑《ないど》を御|約《つづ》め遊ばすという。浜口蔵相は大整理を断行するという。銀行は大合同になりそうだという。復興債券が売れたのは、不景気でもがいている人間が多いためだという。
 何だか知らぬが、東京市の内外に空屋が殖《ふ》えたのは事実である。新しいバラックもたしかに殖《ふ》えなくなったようである。それかあらぬか、浅草へある用事で一ヶ月ばかり通っているうちに、賑やかな店のかわったのがいくつも眼に付いた。中には半月ばかり置いて、二度も商売のかわった店を見受けた。尤《もっと》も、浅草の六区界隈の地代は一坪で三四十円は間違いなく取られるので、不景気だと真先にこたえるのはここであるが、それにしてもあんまり甚だしい。
 然るにこの不景気も、日本橋から銀座という東京目抜の通りに来ると、余り眼に付かない。三越、丸善、ホシ製薬、玉屋、天賞堂、白木屋と、まだいくらでもある有名な大商店、大銀行、大会社、大ビルディングがドシドシ復活して、古い暖簾《のれん》を振りまわしている。こうした大商店の復活は、或る一面から見れば、東京の貴族や富豪、又は中流以上の階級が、震火災の打撃をあまり受けなかった証拠とも云える。殊にそうした階級の連中は、純粋の田舎者と同様に大きな名の通った店から物を買うので、一層この事実を裏書していると云えよう。
 上流はこれ位にして中流に移る。

     地震|鯰《なまず》と大蔵大臣

「不景気の最もコタエないのは学生で、その次は腰弁だ」という。そう考えられぬ事もない。
 腰弁は月給、学生は為替《かわせ》で、いずれもあまり照り降りはないと云える。あるとすれば身から出た錆《さび》か、冬物の質受け、もしくは病気等いう内側から湧いた照り降りである。下層や上層の社会のように、仕事にアブレたり、行き詰まったり、破産したりするような心配は先ずない筈である。
 しかし腰弁は、不景気となると、「首」という問題が起る。さもなくともボーナスの減少と来るから、照り降りはなくとも心臓には応える。寧《むし》ろ極度の貧血に陥るものが多いので、結局ノンビリしているのは学生ばかりとなる。
「ジョジョ冗談じゃない。東京はこの頃とても遣りにくくて……」
 なぞ云う学生諸君があったらウンと
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