浴槽の中で、裸のドレゴは硬くなって叫んだ。傍に立っていたガロ爺やは、電気に懸ったようにその場にとびあがり、浴室の入口へ走った。
「こ、困りますね。広間でお待ち願うよう申上げたつもりでございますに……」
「一秒を争うことなんです。ドレゴさんにすぐお目にかからねばなりません」
 牝牛のように身体の大きなエミリーは戸口に立ちはだかる枯木のようなガロ爺やをぐんぐん押し戻して、浴槽の傍まで入ってきた。
「エミリー。お願いだからあと二分間、部屋の外で待っていておくれ」と、さすがの心臓男ドレゴも、エミリーの剣幕《けんまく》におそれをなして、赤ん坊のように悲鳴をあげた。
「ところがたいへんなのよ。ケノフスキーが飛行機で行っちまうんです」
「ケノフスキー?」
「そうなの。うちに下宿しているケノフスキーです。ゼムリヤ号に関しては、あの人が一番謎を知っているんです。そしてそれに関する取引も、あの人だけが握っているんです」
 ドレゴは浴槽の中で、石鹸の泡をかきたてることも忘れて、「へえっ」とおどろいてしまった。ケノフスキーが水戸と同じくサンノム老人の下宿にいることは勿論知っていた。彼はソ連の商人として知ら
前へ 次へ
全184ページ中92ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
丘 丘十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング