人の何十組かを見送って、すっかり気を悪くし、そして疲れてしまった。仕方なく海岸通りの方へ少し歩き出したとき、突然彼の名前が呼ばれ、彼の目の前に飛び出してきた女があった。
早合点
「おお、エミリー……」
ドレゴの前へ飛び出してきた女は、チョコレート色の長いオーバに大きなお尻を包み、深緑のスカーフに血色のいい太い頸を巻いた丸々と肥えた年増のアイスランド女だった。彼女はサンノム老人の姪で、水戸なんかの泊っている下宿屋で働いていて、主人のサンノム老人を助けていたのだ。
「エミリー、君か。まさかね」
ドレゴは呆気《あっけ》にとられて、エミリーの丸い顔を見詰めた。エミリーではないだろう、彼の崇拝者というのは。その証拠に彼女は花束を持っていない、しからば希望は残っているぞ。
だが、年増女のエミリーは、俄かに口がきけないらしく唇をぶるぶる慄《ふる》わせながら後に隠していた花束を前に出した。ドレゴはあっと声をのんだ。
エミリーの手には、二つの花束があった。二つのうち、紅い花の数が少ないほうの花束を、ドレゴに手渡しながら始めて口をきいた。
「ドレゴ様、おひとりなんですか。水戸――水戸さんは
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