、壁にはその上半分だけが残ってぶら下っているんだ。それから僕は目を壁伝いに下に移した。床の上に、額縁の破片と一緒に、見慣れない手斧が落ちていた。その手斧は柄の一部が折れていたが、その上には明らかに、ゼムリヤ号の船名が彫りつけてあった。聞いているかね」
「聞いているとも。実に素晴らしい話だ。先を続けてくれたまえ」
 ホーテンスも前へ乗り出して来た。
「それから僕は、この手斧がどこから部屋の中へ飛込んだかを確かめようと思ったさ。それは苦もなく分った。何故って、寝台の南側の窓のカーテンが一個所大きく、引き裂かれていたではないか。疑いもなくゼ号の手斧は南の窓から飛込んでカーテンを裂き、それから北側の壁の額縁にぶつかったんだ」
「なるほど、なるほど……」
「その手斧は、飛びつつあったゼ号からこぼれ落ちたものに相違ない。然《しか》らば、この手斧の運動方向とゼ号の飛行方向とは同一でなければならない。そうだね。するとゼ号は空中を、いやもっと精密にいうなれば、我家の真上を南から北へ飛び過ぎたものと断定して差支《さしつか》えない。さあどうだ、これが吾輩の握っている確かな証拠さ」
 ドレゴが語り終ると、ホーテンスは昂奮のあまり椅子からとびあがると口笛を吹いた。
「ほう、素晴らしい。頗《すこぶ》る重大なる手懸りだ。すると砕氷船ゼムリヤ号は事件直前において大西洋を航行中だったんだ。そうなるとゼ号は一体そんなところで、何をやっていたのかということになる。ゼムリヤ号の行動こそ、いよいよ出でて奇々怪々じゃないか」
 と、ホーテンスは盛んに手をふりながら叫んだことである。水戸は椅子の中に深く身体を沈めて、じっと考えこんでいる。

  怪力の追求

 二人の若い記者の小晩餐があった翌日、ホーテンスはドレゴの邸宅を訪ね、彼の寝室の南のカーテンの裂けているところや壊れて真二つになった額縁や、そういう暴行を演じたゼムリヤ号の手斧などを見せて貰い、ドレゴの主張する南方飛来説が十分根拠のある訳を再確認したのであった。
「君の寝室は重大なる手懸りとして大切に保存せらるべきだ」と、ホーテンスは言葉を強めて云った。
「君の寝室はこの事件に関して僕の立てていた推定を根底から引繰り返してしまった。ゼ号は北極海からではなく大西洋方面から飛来したという事実を中心として、更に多くの資料を集めないことには、この怪事件は到底解決で
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