けすけになり得ない人物だと断定するであろう。終に、溌剌《はつらつ》たるエミリーによろしく伝言を頼む”――こういうんだがね、ロシア人らしい長い手紙だ」
ドレゴは吐息と共に、片手で自分の頤《あご》をもんだ。
「あなたはお馬鹿さんよ。エミリーによろしく伝言を頼むのところだけを、あたしに読んで聞かせりゃいいじゃないの」
エミリーの目が少し笑った。
「いや、全文読んだ上で、エミリーによろしくと来ないと、感じがでないからね。はっはっはっ……それはいいが、このケノフスキーの提案をどうしたもんだろうね」
「あたしに相談したって、何が分るものかね」
「うん。水戸がいれば早速彼の意見を徴するんだ、生憎《あいにく》水戸がいないから代りに水戸夫人の卵さんに伺ってみた次第だがね」
「あたしを馬鹿になさるのね、ドレゴさん」
エミリーが小さい目でドレゴを睨《にら》んでみせた。が、その唇には微笑の影が浮いていた。
「真面目な話なんだよ。僕は困ってしまった。ケノフスキーに恨まれたって何とも思やしないが、しかし何だかこう胸を圧迫されるようなものが残りそうで、いやだね」
「取引をなさってはどうなの。いい条件らしいじゃありませんか」
「だって、こっちからだして提供するものはありゃしないからね。僕はワーナー調査団について大西洋まで行くには行ったが、そのまま引返して来たんだからね、或る婦人の策謀にうまうまのせられて……」
「まあ、ドレゴさん」
「要するに、僕はケノフスキーを満足させるほどの物を持っていないのだ。お気の毒さまだがねえ」
「新聞を片端から切抜いて送ったらどう」
「ケノフスキーを怒らせるばかりだ」
「だって、あなたのような方に、それ以上を求めるのは酷《こく》だわ」
「はいはい、よくご承知で……。水戸君とは違いましてね」
「あら、そんな意味でいったんじゃないわ。本当に無理なんですもの」
「まあいいや。少し考えることにしよう。それじゃエミリー夫人。また会うまで」
ドレゴは口笛を吹きながら帰っていった。
深夜の大西洋
その翌日から、ドレゴは何と心を決めたものか、港へ出ては船主関係の人々を探し出しては、すばらしいヤクーツク造船所製の砕氷船を買わないかと、外交員商売を始めた。
「砕氷船なんか買ったって、使うことはありゃしないよ」
と相手がいおうものなら、ドレゴは待ってましたという風に唇を甜
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