についての認識不足から起ったことでありました。しかしその思い違いが正《ただ》されると、超短波はまた一つの仕事を受け持つようになりました。それは電気メスです。超短波電流をナイフ様《よう》の尖《とが》った金属片《きんぞくへん》に通じ、これを肉に近づけると、面白いほど切れます。それはどれほどよく磨《と》いだメスよりも軍刀《ぐんとう》よりも切れ味がよいのです。科学が臍を曲げると妙なことになります。
 臍で思い出しましたが、臍に縁《えん》のある雷《かみなり》さまの話ですが、あれを避けるのに避雷針《ひらいしん》というものがあります。避雷針は屋根の上に尖った金属棒を立て、その下に銅線を接《つな》ぎ、下に下ろし、その尖端を地中に埋めます。銅線の尖端には大きな銅板をつけると一層効果があります。雷が上空から来ると、針の鋭い電気|吸引力《きゅういんりょく》で、雷が忽《たちま》ち吸いよせられ、この針の上に落ちますが、落ちると同時に電線を伝わって地中へ潜《もぐ》りこみ、勢《いきおい》を失ってしまいます。これは云うまでもなく雷の正体は電気ですから、針に引っかかったと同時に、導電体《どうでんたい》を伝わって地中へ潜るのです。この道が出来ているために、大きな音もなんにもしません。ピチッという位です。
 或る所で、それはそれは立派な避雷針を建てました。主人公は大自慢です。何処《どこ》の家のより立派だというのです。ところが、間もなく雷鳴《らいめい》が始まりましたが、雷は天地も崩《くず》れるような音をたてて真先《まっさき》にこの家に落ちました。勿論《もちろん》人死《ひとじに》が出来、家は雷雨《らいう》の中に焔々《えんえん》と燃えあがりました。これはスグスグ雷はいつもの調子で、針の上に落ちてみますと、針の下から地中へ行く道が作ってないのです。つまり銅線が接《つな》いでありません。仕方なしに屋根や柱、襖《ふすま》に障子などを伝わって地中へ辛《かろ》うじて逃げたのです。この家の主人は避雷針の針ばかりを見て来て、肝心《かんじん》の銅線や接地板《せっちばん》の必要なことに気がつかなかったのでした。
 それと又別の話に、或る村で避雷針を立てましたが、これは電気的に完全な避雷針でしたが、ところがその針を立ててから、その村の落雷が俄《にわ》かに殖《ふ》えたという噂が立ちました。そんな馬鹿な話はないと、学者はてんで受けつけません。避雷針を立てて、落雷が殖えるなんて、およそ有り得《う》べからざることです。
 ところが段々研究して行ってみると、そういう有り得べからざることが有り得るかも知れないということになりました。早く云えば避雷針は雷を殖やすことあるべしということです。その解釈《かいしゃく》を申しますと、避雷針は雷を引き寄せるのですが、避雷針の高さの三倍までの距離以内のものは、避雷針へ吸い取ることが出来る。しかしそれ以上のものまで効《き》かない。だから四五倍の距離の空中まで呼び寄せられ、その辺でマゴマゴしている雷は、已《や》むを得ず人家や森を伝わって下に落ちねばならぬことになる――というのです。



底本:「海野十三全集 別巻1 評論・ノンフィクション」三一書房
   1991(平成3)年10月15日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
   1934(昭和9)年9月号
※初出時の署名は、丘丘十郎です。
入力:田中哲郎
校正:土屋隆
2005年6月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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