して台北《たいほく》へ下りてくるという風に、下りたところに受信機《じゅしんき》があれば聴える。この電気天井へ反射するため、短波は遠方でもよく聴える。中には下りて来たのが又地面にあたって反射し、再び電気天井にあたって反射し、もう一度下へ下りて来るというのもあります。しかし要《よう》するに、電波は上へ上っても、電気天井で跳《は》ねかえされることが判りました。
ところが例の超短波になると、いくら電力を増しても届かぬので、一体どこへ行ってしまうのだか判らない。狐《きつね》に鼻をつままれたような恰好で、大迷宮《だいめいきゅう》事件にぶっつかったとでも云いたいところです。使いに出した者が途中で煙のように消えてしまうのですから、これは面妖《めんよう》な話。
ところが其の後だんだん調べてみると、少しずつ判って来ました。そして遂《つい》に確かな結論が生れて、人々は「なアーんだ」ということになりました。超短波は一体|何処《どこ》へ行ったのか。地表と電気天井の間で煙のように消えてしまったものではなく、実に電波にとっては金城鉄壁《きんじょうてっぺき》だと思われていた電気天井をばまるで籠《かご》の目から水が洩《も》るように、イヤそれよりもX光線が木でも肉でも透《すか》すように、超短波は電気天井をスースー外へ抜けていたのでした。スースー外へ抜けているのですから、いくら放送局で電力を増してみても、地上には少しも応答《おうとう》のないのも無理はありません。超短波は電気天井を抜け、地球の羈絆《きはん》を切って一直線に宇宙へ黙々《もくもく》として前進しているのです。
「ああ、ちょっと聞き給え、変な電波が聴えるぜ。我が火星[#「火星」に傍点]にはこんな符号《ふごう》を打つ局はない筈《はず》だ、ハテナ?」
というような訳で、この超短波は案外火星あたりで問題にしているのじゃないかと思われます。とにかく超短波の行方不明《ゆくえふめい》事件が幸《さいわ》いになって、電波の中には電気天井をスースー抜けるものがあることが判りました。とは云うものの未《いま》だに火星からも、
「オイ地球君! 待望の電波を有難《ありがと》う!」
などと云って来ないところを見ると、出奔《しゅっぽん》した超短波の落ちつく先は案外怪しいかも知れないんですが、まだそこまで判っていません。
この超短波をデアテルミーのように、人体《じんたい》に通しますと、癌《がん》などに大変|効《き》き目のあることが発見されました。これをラジオテルミーと呼んでいますが、デアテルミーよりもずっと効き目が強いのです。この施術《しじゅつ》の方法は、超短波が盛んに通っている二つの電極《でんきょく》の間に、人体の患部《かんぶ》を入れるのです。電極というのは金属板で出来ていまして盆《ぼん》のように丸い平べったい板です。
ところが或る時、研究室で飛んでもないことが起りました。超短波を盛んに起して置いて、実験者がそれに手を近づけましたのですが、本当は先ず手を先に電極板の間に入れて置いて、あとでスイッチを入れて超短波を起す方がよいのです。このときはつまり逆の順序でやりました。実験者は研究中のことですから、いろいろやって見る必要があります。そうしないとよい装置も出来ないし、性質も深く知ることが出来ません。実験者はその手を電極板の中央に入れる代りに、電極板の端の方に近づけてみました。恐《おそ》らく違った結果が現れるだろうと思ったのです。近づけるに従って、指の股の辺がスースーと涼しくなりました。それを尚《なお》も近づけると、指が急に熱くなり始めました。それを辛抱《しんぼう》していますと、急に手が吸いつけられるように、電極板に引寄せられました。
「こいつは、いかん!」
と思う間もなく、指が電極板の端《はし》に触れました。途端《とたん》にうずくような痛みが感ぜられ、同時にコロリと下に落ちたものがあります。サーッと真赤な血が花火のように噴《ふ》き出《だ》しました。
「ウム……」
実験者はもぎとるように手を強く引きました。手は幸い極板《きょくばん》を離れました。実験者はホッとして、その手を眺めました。ところが、サア大変です。指が足りない! 美事《みごと》に伸びていた四本の指が根こそぎ切り落とされ、残っているのは拇指《おやゆび》一本! 指の無くなった跡からは、盛んに血が飛び出して来る。実験者はサッと蒼《あお》くなりました。一方の手で傷口を抑えたまま、ウンといって其の場に仆《たお》れてしまった。一体どうしたというのでしょう? 医療器《いりょうき》だと思って安心していたのが、俄然《がぜん》殺人器に転じてしまったのです。駭《おどろ》いたのも無理がありません。
超短波メス――というのが生れたのは、それから間もないことでした。意外な失敗、それは超短波
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