て、この冷蔵鞄のなかに入れてしまったのである。
では、ヒルミ夫人は、愛する夫を遂に殺害してしまったのであろうか。
いや、そう考えてしまうのはまだ早くはないか。
とにかくこうして、ヒルミ夫人は愛する夫の身体を冷蔵鞄のなかに片づけてしまったのである。それからというものはヒルミ夫人は、その冷蔵鞄を必ず身辺に置いて暮すようになった。
ちょっと部屋を出て廊下を歩くようなときでも、また用があって街へ出てゆくようなときでも、その冷蔵鞄はいつもヒルミ夫人のお伴をしていた。
これで夫人は、愛する夫を完全に自分のものにすることができたと思っていた。もう夫は、街へ散歩にゆくこともなくもちろん他の女に盗まれる心配もなくなったわけである。
夫人は歓喜のあまり、その日の感想を、日記帳のなかに書き綴った。それは夫人が生れてはじめてものした日記であった。その感想文は次のようなまことに短いものであったけれど――
「×年×月×日。雨。」
気圧七五〇ミリ。室温一九度七。湿度八五。
遂に妾《わたし》は、決意のほどを実行にうつした。
この世に只ひとり熱愛する夫を、特別研究室に連れこんで電気メスでもって、すっか
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