ミ夫人はそんな多情な女ではない。ただ一人の万吉郎を狂愛しているのであって、そうは簡単に男を変えるような夫人ではない。ではこれも駄目。――
 万吉郎は無意識に砂利場の礫《こいし》を拾っては河の面に擲《な》げ、また拾っては擲げしていた。
 すると突然意外な事件が降って湧いた。万吉郎の前に、河のなかへ落ちこんだ高い石垣がある。その石垣の向うから、不意に人間の首がヌッと現れたのである。
「――よせやい。なんだって俺に石を擲げるんだ。いい気持に、昼寝をしていたのに」
 万吉郎は呀《あ》ッと叫んだ。
 石垣の下からヌッと現れたその顔――それはひと目でそれと分る若衆の顔だった。石垣の下には、人一人がゴロリと横になれる狭いスペースがあるのであろう。
 石垣をのぼってきた男に、煙草を与えなどして、万吉郎は彼を自分の横に座らせた。
「旦那、なんか腹のふくれるものは持ってないかい」
 チョコレートではどうであろう。
 棒チョコレートを噛《かじ》る若い男と、ボソボソと取りとめない話をしているうちに、思いがけなく万吉郎は一つの素敵なアイデアを思いついた。
「うん、これはいい。どうしてそんなことに気がつかなかった
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