り解体してしまった。夫は最後まで、今自分が解体されるなどとは思っていなかったようだ。
妾の激しく知りたいと思っていたことは、夫として傍に起き伏している一個の男性が、果たして真《まこと》の万吉郎その人であるかどうかを確めたかったのである。だから妾は、夫の躰をすっかりバラバラに解剖してしまったのだ。
剖検《ぼうけん》したところによると、それは全く、真の夫万吉郎の躰に相違なかった。いや、万吉郎の躰に相違ないと思うという方がよいかもしれない。いやいやそんな曖昧《あいまい》な云い方はない。それは万吉郎その人以外の何者でもあり得ないのだ。
なぜなれば、その男性の身体は常日頃、妾がかねて確めて置いた夫の特徴を悉《ことごと》く備えていたからである。たとえば内臓にしても、左肺門に病竈《びょうそう》のあることや、胃が五センチも下に垂れ下っていることなどを確めた。(夫の外にも同じ顔の同じ年頃の男で、左肺門に病竈があり、胃が五センチも下垂している人があったとしたら、どうであろう? いやそんな人間があろう筈がない。偶然ならば有り得ないこともないが、偶然とは結局有り得ないことなのである。妾はそんな偶然なんて化物に脅かされるほど非科学者ではない!)
妾は思わず、子供のように万歳を叫んだ。愛する夫は、今や完全に妾のものである。今日という今日までの、あの地獄絵巻にあるような苦悩は、嵐の去ったあとの日本晴れのように、跡かたなく吹きとんでしまったのだ。なぜもっと早く、そのビッグ・アイデアに気がつかなかったのだろう。
始めの考えでは、妾は剖検を終えたあとで、夫の躰を再び組み直して甦《よみがえ》らせるつもりだった。妾の手術の技倆によればそんなことは訳のないことなのであるから。――だが妾は急に心がわりしてしまった。
恋しい夫のバラバラの肢体は、そのまま冷蔵鞄のなかに詰めこんでしまった。夫の手足を組み立てて甦らせることは暫く見合わすことに決めた。何故?
妾はゆくりなくも、愕くべき第二のビッグ・アイデアを思いついたからだ。恐らく妾は今後二十年を経るまでは、夫万吉郎のバラバラ肢体を組立てはしないだろう。二十年経つまでは、夫の肢体を冷蔵庫のなかに入れたまま保存するつもりだ。なぜだろう?
今から二十年経てば、妾はもう五十歳の老婆になる。整形外科術の偉力でもって、見かけは花嫁のように水々しくとも気力の衰え
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