端に大きな石造二階建のレストランが半分雪に埋もれて立ってるきりで、他にはなんにも見えなかった。それから四十分ほど登るとアイガーヴァント(アイガー絶壁、二八七〇米)。此処からは、晴れてるとスウィスの西部全体が遠くフランス国境まで見渡せるそうだ。四分間停車。
電車は長いトンネルに入って行く。アイガーの胎内をくぐるわけである。此の登山鉄道の工事のえらさは、車室にじっと坐ってるのでは実感しにくいが、地図を見るとよくわかる。アイガー、メンヒ、ユンクフラウ、此の三つの大山が、北から南へ一列に並んでいる。それを、北西のシャイデックから登って来た鉄道が、此処でまずアイガーの胴体を北から南へ突き抜け、その次にもう一度メンヒの胴体を北西から南東へかけて突き抜け、つまり大きく半円を描いて最後にメンヒの南西の尾根に出ると、其処がユンクフラウヨッホ(ユンクフラウ鞍部)で、ユンクフラウの峰角を目の前に仰ぐようになってるのである。
アイガーヴァントのトンネルの先はアイスメーア(氷海、三一六〇米)の停車場で、此処でまた五分間停車。第三回の乗換で、また別の車に移される。皆、寒い寒いとつぶやく。岩角に三四尺の氷柱が垂れていた。
それからユンクフラウヨッホまで25[#「25」は縦中横]%の勾配を登って終点に着いたのは十一時五十五分だった。標高三四一〇米。日本アルプスの奥穂高の頂上より二四〇米高く、鎗ガ岳の頂上より二三〇・五米高いわけである。それに緯度も日本アルプスに較べて十度以上も高く、寒い筈である。
覚悟をしてはいたものの、驚いたことには、まず私たちを歓迎したものは急に烈しくなって来た大吹雪だった。停車場のすぐ前のベルクハウス(山の家)に駈け込む。此処で十四時三十分まで下山電車の出発を待つことになる。
四
ベルクハウスは大きな石造の建物で、レストランの外にホテルも経営している。広いサロンに入って行くと、研き立てた板敷の床にテイブルが白布を掛けられて幾つも列んで居り、どのテイブルにも銀色の猫柳が二三本ずつ花瓶に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]されてあった。ブラジルのジャーナリストが私たちの食卓に坐った。此の sallow の花を見ると日本の山地を思い出す。日本ではネコ・ヤナギというのだ。cat−willow という意味だ。pussy−will
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