。服装は回教徒のアラビア人と区別がつかないが、外貌はずっときゃしゃで、顔も明色に近い。昔のエジプト人を偲ぶにはコプトを見るのが便利だと注意されたが、今エジプトの到る所に充満してるアラビア人(といわれているが、純粋のアラビア人はエジプトには殆んど見られない)とはまるでちがった形貌である。
私はそういったコプトがキリスト世紀の初期にニルの沿岸にすでに堅固な信教団体を組織して Monophysites(キリストの神人合一性を主張する一宗派)を形づくっていたことを考え、ひそかに敬意を感じながら石段をあがり、もとの本陣へ戻って来ると、さっき前房のあたりをうろついていた牧師(だとは初めは気づかなかった)が、いやに飾り立てた法服をまとって絵端書を手に持って其処に立っていた。回教徒のサイドは私たちを代表して彼に銀貨をつかました。私はその牧師から絵端書を一組買い取った。その取引がすんで、私たちはまだ見なければならないものがたくさん残っていたので――哈利発《ハリハ》の墓、マメリュクスの墓、等、等――急いでアブ・サルガを辞した。私が最後に出た。すると、今まで入口にいて何か仕事をしていた一人の男が私を呼び止め、小声で、バクシシユ、ジェントルマン、と片手をさし出した。ノウ、ノウ、バクシシュはまとめて坊さんにやったのを君は見ていたじゃないか、というと、彼はふくれつらをして踵を回した。
[#地から1字上げ](昭和十三年)
底本:「世界紀行文学全集 第十六巻 ギリシア、エジプト、アフリカ編」修道社
1959(昭和34)年6月20日発行
底本の親本:「西洋見學」日本評論社
1941(昭和16)年9月10日発行
入力:門田裕志
校正:松永正敏
2007年8月9日作成
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