翌ヘ最も軽蔑した態度で答えた。苟くも母たる者に対する斯くの如き侮辱に答えることは、天も共に拒むものである。自分のこの法廷に集まっているすべての母親にそれを訴える。此の矜持に充ちた答弁は、それを伝え聞いたロベスピエールをさえ感激せしめ、エベールの陋劣を憎ましめた。
 彼女は若い時はたしかに聡明でなかった。ルイ十六世をも、フランスをも、不幸に導いたほどのまずいことを数数演じた。けれども私行については神の前にも恥ずべき点がなかったといわれる。母親ゆずりの政略的性行と世間を無視した思い上った行動が、彼女を誤らしめ、国民の反感を買わしめたのである。彼女の尊大は断頭台の上に立つまで失われなかったが、さすがに獄内の孤独は彼女をあわれな女の心に立ち戻らせたこともあったと見え、やるせない思いをピンの尖で紙に穴をあけて書き綴った辞句が、今も礼拝堂博物館のガラス・ケイスの中に保存されてある。
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〔Je suis garde' a` vue〕
〔Je ne parle a` personne〕
〔Je me fie a` je viendrai ……〕
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 明けても
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