メ沢の限りを尽したものだと感じた印象を忘れない。
それは一七八二年頃までの彼女の生活だったといわれるが、十年後には世界がひっくら返って、豪華なヴェルサイユ宮殿の女主人公は、見るもあわれな冷たいコンシエルジュリの石牢に押し込められていたのである。夫君は処刑され、子供たちとは引き裂かれ、石牢二箇月半の生活は、彼女にとってやるせないものであったに相違ないけれども、持って生れた尊大の気性と贅沢の習慣は、牢の中でも一日平均十五リブラの食料を消費していたと伝えられる。
その頃全パリは暴動化して、市民はすべて気ちがいの如く、悪魔の如くなっていたけれども、個人的には多少の例外もなくはなかった。彼女の付添役を命じられていた守衛《コンシエルジュ》のリシャールの如きは規則の許す限りの同情を彼女に寄せていた。ある日、彼女は新鮮な果物を欲しがった。リシャールはひそかに外へ出て、河岸で果物売の女を見つけ、一番良いメロンを買おうとした。果物売の女は守衛の擦りきれた服を見て、そんなにおえらい方の召し上り物ですかと皮肉に聞いた。そうだ。今までは一番えらい方だったが、今ではそうでもない。王妃さまの召し上り物だ。そう答
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