、癇癪持ちの牧師はその木を伐り倒してしまった。「おれの屋敷に生えた木が一本ある。それを伐り倒して使いたいのだ。近いうちに倒さねばならぬ。」(Timon of Athens)。そんなことを書いたシェイクスピアは百五十年以前に癇癪坊主にとんでもないことを教えたようなものだった。ジョンソン博士はそれを憤慨して、ゴート人の蛮行《ヴァンダリズム》だと非難したが、そのくせ、婦人尊敬の癖を持っていた博士はリッチフィールドで牧師夫人と会食した時にはその共犯者に対して一言も非難の言葉を浴びせなかった。ウォシントン・アーヴィングがストラトフォードで逢った寺男は、もと大工をしていた男で、その仲間に例の木を伐り倒したのを自慢にしてる老人があった。スコットはその材木で造った箱を寺男に貰って喜んだ。今ではその桑の木の若芽を接木したと伝えられる老樹は庭の隅に枝をひろげて日蔭を作っている。
 庭に接して立つ一つの建物は新屋敷博物館《ニュープレイスミュジーアム》と呼ばれ、ロンドンから蒐めて来たシェイクスピアの彫像が陳列されてあるが、もとはナシュの家と呼ばれ、シェイクスピアの孫娘のつれあいトマス・ナシュが住まっていた家で
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