の南四キロ、今のスキソ付近)が栄えていたのを、ディオニュシウス一世はギリシア勢力絶滅のためにそれを破壊すると同時に、シケリア人をしてタウロスの山腹に新都市を建設させた。それが今のタオルミーナで、その頃はタウロメニオンと呼ばれていた。ディオニュシウスは卑賤から身を起し、下層階級者に支持されて強力な軍隊を組織し、ギリシア人をシチリア(シケリア)から駆逐して、自ら僣主となり、シラクーザ(シュラクサイ)を中心として大いに武威を振るい、王としては猜疑心が強く、無理な政治はしたけれども、一面に於いては文化の保護者であり、彼自身相当にすぐれた詩才の所有者で、悲劇作者でもあった。
 シラクーザにもネアポリスの丘の上に大きな円形劇場が遺っているが、タオルミーナにも町の北東の高台(海抜二一三米)に見事な円形劇場が遺っている。シラクーザは紀元前八世紀以来の歴史を持つ古代の大都市でギリシア時代には百万以上の人口を持っていて、ヒエロ一世の宮廷には詩人ピンダロス、シモニデース、エピカルモス、バッキュリデース、アイスキュロスなどが賓客として迎えられていたから、その劇場ではアイスキュロスの悲劇も上演されたであろうし、
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