閧ノ一番に目を惹いたものは、街路の左側に高い方塔を一つ聳やかしたゴティク様式の古いカテドラルだった。八百年の星霜を経てどす黒く寂び、雅致を失わない程度にがっちりと力強く立ってる風貌が私たちにしばらく車を停めさせた。覗いて見ると、薄暗い内陣の両側には型の如く天井の一段低い側堂が付いて、外陣は一つきりで、唱歌席の装飾なども簡古で似合わしく思われた。しかし、行手を急いでいて、ゆっくり見ていられなかったから、前の荒物屋みたいた店で絵端書を買って思い出のよすがとすることにした。
 それからマルヌを渡り、美しい田舎道を百二三十キロも走ったと思う頃、シャーロンの町を通った。毛織物の名産地で、此処にも古いカテドラルがあるということだったが、目につかないで通り過ぎ、それから先は方向を少し北へ振って行くように道がついていた。レジレットという村のあたりからは樹林が目立って多くなり、道も上ったり下ったり、曲りくねったりして、ショファにはうるさいかも知れないが、見て通る者には今までの平たい郊野よりは趣があってよかった。道の両側には高い並木がつづき、その間から緑の牧場や畑が透いて見えた。
 クレルモンの手前で、道ばたの大きな桜の木に長い梯子を二つ掛けて、百姓の親爺と娘がさくらんぼ[#「さくらんぼ」に傍点]をもいでいた。あれを売ってくれないか知らと弥生子がいい出し、車を停めショファに懸け合わせると、やろうというので、銀貨を二つ渡すと、親爺も娘も梯子から下りて、食いきれないほどたくさん籠に入れて持って来た。それを私たちは新聞紙に載せて、膝の上にひろげ、摘まみながら進んだ。日ざしが次第に強くなり、いいかげんに咽喉が渇いて来たのでうまかった。
 クレルモンといい、レジレットといい、この辺一帯はアルゴンヌの森林地帯の一部で、大戦の時は一時ドイツ軍に占領されていた土地である。もうヴェルダンの前線までは二十キロあるかないかぐらいだった。

      二

 ヴェルダンの町に入って第一にする仕事は食事をすませることだった。広い石段の上に戦捷記念塔が高く聳えている。その石段の前にちょっとしたレストランがあった。ヴェルダン見物が流行《はや》ると見えて、中は客で一ぱいだった。
 食事がすむと、徒歩で町の見物をした。ヴェルダンはローマ人征服時代からの町だけに、規模は小さいけれども、道が狭く、石畳が古く、坂が多くて、
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