ったり、脇見をしたり、振り返ったり、てんでんまちまちの形で群がって、何をしているのだかわからない。
 この画も実は組合員肖像画として注文を受けたもので、アムステルダムの市会議事堂に懸けられるために、市民射撃隊がコック大尉とファン・ラウテンブルク中尉に引卒されて射撃隊組合本部から繰り出す光景を描いたものである。それが長い間夜警団の勢揃えを描いたものと誤解されていたというのも、画の目的がわからなかったからに相違ない。よくよく見ていると説明の付きかねるものがいろいろ発見されるが、例えば画面の左寄りに赤い服を着た射撃手の後に少女が一人と子供が一人いる。彼等はこの騒ぎの中で、しかも射撃隊組合本部の建物の中で何をしてるのだろうか? そんなことは問題にしないとしても、全体がばらばらになっていて、どうも私にはまとまりがつかない。まとまりのつかない所をねらったのだといえばそれまでだが、それでは画家の沽券《こけん》に関するだろう。
 しかし、私が心配する前に、この画は描き上げられるとすぐアムステルダム市民の不満を買った。第一に、組合員の大部分が不満だった。大尉と中尉だけはよく描いてあるが、あとの組合員は全部|端者《はもの》のように蔭に押し込められて中には顔さえも判明しないものが少くないので、大枚千六百フロリンを払って却って侮辱を買ったと彼等は思い込んだのだ。その不満が市民一般に感染し、それ以後レンブラントの名声は急に低下して行ったと伝えられている。けれどもそれはレンブラントのために弁護しなければならぬ。レンブラント以前にフランス・ハルスも(ハーレムの射撃隊組合のために)、ラフェステンも(ハーグの射撃隊組合のために)、類似の注文を受けて描いたが、しかしレンブラントは単に二十幾人の似顔を並べて描くのでは彼の芸術的本能が承知しなかった。彼は組合員の顔を材料にして一つの「画」を作り上げることに専ら興味を持った。彼はオランダの各都市の市民が自由のために武装して立った歴史を思い出して、市民の勇気を主題とする一つの「画」を作り上げることに注文を生かそうと企てた。丁度その頃は愛妻サスキアが重態の病床に就いていて彼は心を煩わされていたが、この画の完成に心を打ち込んで、憂苦をまぎらしていた。もとより組合員某某等(その氏名は画面の円柱の上に懸けられた紋章の楯の表に書かれてある)各自の気持などは眼中に置くレン
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