スゞ平和の時にのみとざさるゝ習なりきといふ。エジプトの征服とともに戰亂終局に至りたればかく
八二―八七
ティベリウスの代に起れることの重大なるに比ぶれは、この代の以前及び以後に於ける帝國の偉業も物の數ならじ
【これに屬する世の王國】ローマの領土といふごとし
【第三のチェーザレ】皇帝ティベリウス(一四年より三七年まで皇帝たり)
八八―九〇
正義の神はティベリウスの代に、キリストの死によりて、アダムの罪に對する神の怒りを和ぐるの譽をばローマ人に與へ給へり
【我をはげます】我を動かしてかく汝と語らしむる
【これに】ローマの權能の下にキリストの磔殺行はれたればなり
九一―九三
【反復語】vendetta(復讎、刑罰)が二重に用ゐられしこと、即ち前者は(邦譯にて)アダムの罪に對する刑罰にてキリストの死を意味し、後者はキリストの死に對する刑罰にてイエルサレムの沒落を意味す
但し原語 replico を單に「答ふる」、「附加する」等の意に解する人あり
【ティト】イエルサレムを毀てる者(淨、二一・八二並びに註參照)
【昔の罪の】天、七・一九以下に委し。神の正義に從つてこの二重の刑罰を行へるは即ちローマの權能の象徴なる「鷲」の偉業に外ならじ
九四―九六
【ロンゴバルディ】六世紀の後年イタリアに侵入しその北部に強國を建てしゲルマン族、寺院を噛む[#「寺院を噛む」に白丸傍点]はローマの寺院を迫害するなり
シャルルマーニュ、(地、三一・一七)は法王ハドリアヌス一世の請を容れ、ロンゴバルディを攻めてその最後の王デジデーリオを廢せり、但しこは七七四年の事にて、法王レオ三世(七九五年より八一六年まで法王たり)がシャルルに帝冠を戴かしめしは八〇〇年の事なり、戴冠以前に溯りて鷲の翼の下といふこと可ならざるに非ざれども、『デ・モナルキア』(三、一一・五)にシャルル、ハドリアヌスより帝冠を受くとあるより見れば、ダンテのこの記事を年代錯誤によるとなすの説また理なきにあらじ
この一聯及び以下數聯に於ける出來事はユスティニアヌスの治世以後の事なり、皇帝の靈はウェルギリウスの如く、よくその死後の世のありさまを知りゐたり
九七―九九
【さきに】三一―三行
一〇〇―一〇二
グェルフィ黨はフランス(グェルフィの首領なるプーリア王シャルル二世)の力を藉りて帝國に反抗し、ギベルリニ黨は私黨の利慾の爲にこれを我有となす、二
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