ニ呼びなせり、カルタゴ人をアラビア人といへるは、地、一・六八にウェルギリウスの父母をロムバルディといへるごとく一種の時代錯誤なり(ムーアの『用語批判』三四二頁參照)
五二―五四
【シピオネ】プブリウス・コルネリウス・スキピオ。ローマの名將、未だ丁年ならざるにハンニバルとチチーノ及びカンネに戰ひ二十歳にしてイスパニアを征服し、三十三歳にしてザマ(地、三一・一一五―七註參照)にハンニバルを破れり
【ポムペオ】大ポムペイウス。年少の頃既にシルラを助けてマリウスの徒黨と戰ひ、後各地に轉戰して勝利を得たり、ローマが彼の爲に凱旋式を擧げしはその二十五歳の時(前八一年)の事なりき
【山】フィエソレの山、ダンテの生地フィレンツェその下にあり(地、一五・六一―三註參照)
【酷し】ローマ人がフィエソレを攻落しゝこと
五五―五七
天上の平和を地上にも及ばしめんと神の思召し給へる時に、換言すれは、キリストの降臨に近き頃ローマの民及び議會の意に從ひ、ユーリウス・カエサルこの旗を手に取れり
ダンテ思へらく、帝國の建設は世界平和の曙光なり、カエサルはなほヨハネの如く救世主の爲にその道を備へし者なりと(『コンヴィヴィオ』四、五・一六以下參照)
五八―六〇
以下七二行までユーリウス・カエサルの事蹟を擧ぐ
【ヴァーロよりレーノに亘りて】ガルリア・トランサルピーナ(アルピ外のガルリア)にてといふ如し。ヴァール(ヴァーロ)はフランスの東南端の河にて古、外ガルリアと内ガルリアとの境を劃し、レーノ即ちライン河は古、外ガルリアとゲルマニアとの境を劃せり。鷲の旗がカエサルの手にありてこの地方にあげし功績を、その沿道の諸水見たりといへるなり
【イサーラ】今のイゼール。フランスのローヌ河に注ぐ河の名
【エーラ】同じくローヌに注ぐサオン河
【センナ】パリを貫流するセーヌ河
六一―六三
【ラヴェンナを出で】ガルリア征服の後カエサルがラヴェンナより出でゝ内亂を平定せること(地、二八・九七―九註參照)。ルビコン河は昔ガルリア・チサルピーナ(アルピ内のガルリア)とイタリアとの境を劃せり
六四―六六
【スパーニアに】内亂鎭靜の後イスパニアに行きてポムペイウス一味の者を攻めし事(淨、一八・一〇〇―一〇二參照)
【ドゥラッツオ】アドリアティコの東岸にあるギリシアの町。カエサルこゝにてポムペイウスの軍に圍まる
【ファルサーリア】テッサ
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