われ目を垂れぬ、彼は疾《と》く輕くして少しも水に呑まれざる一の舟にて岸に着けり 四〇―四二
艫《とも》には天の舟人《ふなびと》立ち(福《さいはひ》その姿にかきしるさるゝごとくみゆ)、中には百餘の靈坐せり 四三―四五
イスラエル[#「イスラエル」に白丸傍点]、エヂプトを出でし時[#「エヂプトを出でし時」に白丸傍点]、彼等みな聲をあはせてかくうたひ、かの聖歌に録《しる》されし殘りの詞をうたひをはれば 四三―四五
彼は彼等のために聖十字を截りぬ、彼等即ち皆|汀《みぎは》におりたち、彼はその來れる時の如くとく去れり 四九―五一
さてかしこに殘れる群《むれ》は、この處をば知らじとみえ、あたかも新しきものを試むる人の如くあたりをながめき 五二―五四
日はそのさやけき矢をもてはや中天《なかぞら》より磨羯を逐ひ、晝を四方に射下《いくだ》せり 五五―五七
この時新しき民|面《おもて》をあげて我等にむかひ、いひけるは。汝等若し知らば、山に行くべき路ををしへよ。 五八―六〇
ヴィルジリオ答へて曰ふ。汝等は我等をこの處に精《くは》しとおもへるならむ、されど我等も汝等と同じ旅客なり 六一―六三
我等は他《ほか》の路を歩みて汝等より少しく先に來れるのみ、その路のいと粗《あら》く且つ艱《かた》きに比《くら》ぶれば今よりこゝを登らんは唯|戲《たはぶれ》の如くなるべし。 六四―六六
わが呼吸《いき》によりて我のなほ生くるをしれる魂等はおどろきていたくあをざめぬ 六七―六九
しかしてたとへば報告《しらせ》をえんとて橄欖をもつ使者《つかひ》のもとに人々むらがり、その一人《ひとり》だに踏みあふことを避けざるごとく 七〇―七二
かの幸《さち》多き魂等はみなとゞまりてわが顏をまもり、あたかも行きて身を美しくするを忘るゝに似たりき 七三―七五
我はそのひとりの大いなる愛をあらはし我を抱かんとて進みいづるを見、心動きて自らしかなさんとせしに 七六―七八
あゝ姿のほか凡て空しき魂よ、三度《みたび》われ手をその後《うしろ》に組みしも、三度手はわが胸にかへれり 七九―八一
思ふに我は怪訝《あやしみ》の色に染まれるなるべし、かの魂笑ひて退き、我これを逐ひて前にすゝめば 八二―八四
しづかに我に止《や》めよといふ、この時我その誰なるをしり、しばらくとゞまりて我と語らんことを乞ふ 八五―八七
彼答ふらく。我先に朽つべき肉の中にありて汝を愛せる如く今|紲《きづな》を離れて汝を愛す、此故に止まらむ、されど汝の行くは何の爲ぞや。 八八―九〇
我曰ふ。わがカゼルラよ、我のこの羈旅《たびぢ》にあるは再びこゝに歸らんためなり、されど汝何によりてかく多く時を失へるや。 九一―九三
彼我に。時をも人をも心のまゝにえらぶもの、屡※[#二の字点、1−2−22]我を拒みてこゝに渡るを許さゞりしかどこれ我に非をなせるにあらず 九四―九六
その意正しき意より成る、されど彼はこの三月《みつき》の間、乘るを願ふものあれば、うけがひて皆これを載せたり 九七―九九
さればこそしばしさき、我かのテーヴェロの水|潮《うしほ》に變る海の邊《ほとり》にゆきたるに、彼こころよくうけいれしなれ 一〇〇―一〇二
彼今翼をかの河口《くち》に向く、そはアケロンテの方《かた》にくだらざるものかしこに集まる習ひなればなり。 一〇三―一〇五
我。新しき律法《おきて》汝より、わがすべての願ひを鎭むるを常とせし戀歌の記憶またはその技《わざ》を奪はずば 一〇六―一〇八
肉體とともにこゝに來りて疲《つかれ》甚しきわが魂を、ねがはくは少しくこれをもて慰めよ。 一〇九―一一一
「わが心の中にものいふ戀は」と彼はこのときうたひいづるに、そのうるはしさ今猶耳に殘るばかりに妙《たへ》なりき 一一二―一一四
わが師も我も彼と共にありし民等もみないたくよろこびて、ほかに心に觸るゝもの一だになきごとくみゆ 一一五―一一七
我等すべてとゞまりて心を歌にとめゐたるに、見よ、かのけだかき翁さけびていふ。何事ぞ遲《おそ》き魂等よ 一一八―一二〇
何等の怠慢《おこたり》ぞ、何ぞかくとゞまるや、走《わし》りて山にゆきて穢《けがれ》を去れ、さらずば神汝等にあらはれたまはじ。 一二一―一二三
たとへば食をあさりてつどへる鳩の、聲もいださず、その習ひなる誇《ほこり》もみせで、麥や莠《はぐさ》の實を拾ふとき 一二四―一二六
おそるゝもののあらはるゝあれば、さきにもまさる願ひに攻められ、忽ち食を棄て去るごとく 一二七―一二九
かの新しき群《むれ》歌を棄て、山坂にむかひてゆきぬ、そのさま行けども行方《ゆくへ》をしらざる人に似たりき 一三〇―一三二
我等もまたこれにおくれずいでたてり 一三三―一三五
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第三曲
彼等忽ち馳せ、廣野《ひろの》をわけて散り、理性に促《うな
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