、我は汝のマルチアの貞節《みさを》の目ある獄《ひとや》より來れり 七六―
あゝ聖なる胸よ、汝に妻とおもはれんとの願ひ今なほ彼の姿にあらはる、されば汝彼の愛のために我等を眷顧《かへり》み ―八一
我等に汝の七《なゝつ》の國を過ぐるを許せ、我は汝よりうくる恩惠《めぐみ》を彼に語らむ、汝若し己が事のかなたに傳へらるゝをいとはずば。 八二―八四
この時彼曰ふ。われ世にありし間、マルチアわが目を喜ばしたれば、その我に請へるところ我すべてこれをなせり 八五―八七
今彼禍ひの川のかなたにとゞまるがゆゑに、わがかしこを出でし時立てられし律法《おきて》に從ひ、またわが心を動かすをえず 八八―九〇
されど汝のいふごとく天の淑女の汝を動かし且つ導くあらば汝そがために我に求むれば足るなり、何ぞ諛言《へつらひごと》をいふを須《もち》ゐん 九一―九三
されば行け、汝一|本《もと》の滑かなる藺《ゐ》をこの者の腰に束《つか》ねまたその顏を洗ひて一切の汚穢《けがれ》を除け 九四―九六
霧のために※[#「目+毛」、第3水準1−88−78]《かす》める目をもて天堂の使者《つかひ》の中なる最初の使者の前にいづるはふさはしからず 九七―九九
この小さき島のまはりのいと/\低きところ浪打つかなたに、藺ありて軟《やはら》かき泥《ひぢ》の上に生《お》ふ 一〇〇―一〇二
この外には葉を出しまたは硬くなるべき草木《くさき》にてかしこに生を保つものなし、打たれて撓《たわ》まざればなり 一〇三―一〇五
汝等かくして後こなたに歸ることなかれ、今出づる日は汝等に登り易き山路《やまぢ》を示さむ。 一〇六―一〇八
かくいひて見えずなりにき、我は物言はず立ちあがりて身をいと近くわが導者によせ、またわが目を彼にそゝげり 一〇九―一一一
彼曰ふ。子よ、わが歩履《あゆみ》に從へ、この廣野《ひろの》こゝより垂れてその低き端《はし》におよべばいざ我等|後《うしろ》にむかはむ。 一一二―一一四
黎明《あけぼの》朝の時に勝ちてこれをその前より走《わし》らしめ、我ははるかに海の打震ふを認めぬ 一一五―一一七
我等はさびしき野をわけゆけり、そのさま失へる路をたづねて再びこれを得るまでは 一一八―一二〇
たゞ徒《いたづら》に歩むことぞと自ら思ふ人に似たりき
露日と戰ひ、その邊《わたり》の冷かなるためにたやすく消えざるところにいたれば 一二一―一二三
わが師|雙手《もろて》をひらきてしづかに草の上に置きたり、我即ちその意《こゝろ》をさとり 一二四―一二六
彼にむかひて涙に濡るゝ頬をのべしに、彼は地獄のかくせる色をこと/″\くこゝにあらはせり 一二七―一二九
かくて我等はさびしき海邊《うみべ》、その水を渡れる人の歸りしことなきところにいたれり 一三〇―一三二
こゝに彼、かの翁の心に從ひ、わが腰を括《くゝ》れるに、奇なる哉謙遜の草、彼えらびてこれを採るや 一三三―一三五
その抜かれし處よりたゞちに再び生《お》ひいでき 一三六―一三八
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第二曲
日は今子午線のそのいと高きところをもてイエルサレムを蔽ふ天涯にあらはれ 一―三
これと相對《あひむか》ひてめぐる夜《よ》は、天秤《はかり》(こは夜の長き時その手より落つ)を持ちてガンジェを去れり 四―六
さればわがゐしところにては、美しきアウローラの白き赤き頬、年ふけしため柑子《かうじ》に變りき 七―九
我等はあたかも路のことをおもひて心進めど身止まる人の如くなほ海のほとりにゐたるに 一〇―一二
見よ、朝《あした》近きとき、わたつみの床《ゆか》の上西の方《かた》低きところに、濃き霧の中より火星の紅《あか》くかゞやくごとく 一三―一五
わが目に見えし一の光(あゝ我再びこれをみるをえんことを)海を傳ひていと疾く來れり、げにいかなる羽といふとも斯許《かくばかり》早きはあらじ 一六―一八
われわが導者に問はんとて、しばらく目をこれより離し、後再びこれをみれば今はいよ/\燦《あざや》かにかついよ/\く大いなりき 一九―二一
その左右には何にかあらむ白き物見え、下よりもまた次第に白き物いでぬ 二二―二四
わが師なほ物言はざりしが、はじめの白き物翼とみゆるにいたるにおよび、舟子《ふなこ》の誰なるをさだかに知りて 二五―二七
さけびていふ。いざとく跪き手を合すべし、見よこれ神の使者《つかひ》なり、今より後汝かかる使者等《つかひたち》をみむ 二八―三〇
見よかれ人の器具《うつは》をかろんじ、かく隔たれる二の岸の間にも、擢を用ゐず翼を帆に代ふ 三一―三三
見よ彼これを伸べて天にむかはせ、朽つべき毛の如く變ることなきその永遠《とこしへ》の羽《はね》をもて大氣を動かす。 三四―三六
神の鳥こなたにちかづくに從ひそのさまいよ/\あざやかになりて近くこれを見るにたへねば 三七―三九
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