を責めなやまししとき、わが涙彼等の歎《なげき》にともなふばかりに我は彼等を聖なる者と思ふにいたれり 八二―八四
われは世に在る間彼等をたすけぬ、彼等の正しき習俗《ならはし》は我をして他《ほか》の教へをあなどらしめぬ 八五―八七
かくてわが詩にギリシア人《びと》を導きてテーべの流れに到らざるさきにわれ洗禮《バッテスモ》をうけしかど、公《おほやけ》の基督教徒《クリスティアーン》となるをおそれて 八八―九〇
久しく異教の下《もと》にかくれぬ、この微温《ぬるみ》なりき我に四百年餘の間第四の圈をめぐらしめしは 九一―九三
されば汝、かゝる幸《さいはひ》をかくしし葢をわがためにひらける者よ、若し知らば、我等が倶に登るをうべき道ある間に、我等の年へし 九四―
テレンツィオ、チェチリオ、プラウト及びヴァリオの何處《いづこ》にあるやを我に告げよ、告げよ彼等罪せらるゝや、そは何の地方に於てぞや。 ―九九
わが導者答ふらく。彼等もペルシオも我もその他の多くの者も、かのムーゼより最も多く乳を吸ひしギリシア人《びと》とともに 一〇〇―一〇二
無明《むみやう》の獄《ひとや》の第一の輪の中にあり、我等は我等の乳母《めのと》等の常にとゞまる山のことをしばしばかたる 一〇三―一〇五
エウリピデ、アンティフォンテ、シモニーデ、アガートネそのほかそのかみ桂樹《ラウロ》をもて額を飾れる多くのギリシア人かしこに我等と倶にあり 一〇六―一〇八
汝が歌へる人々の中《うち》にては、アンティゴネ、デイフィレ、アルジア及び昔の如く悲しむイスメーネあり 一〇九―一一一
ランジアを示せる女あり、ティレジアの女《むすめ》とテーティ、デイダーミアとその姉妹等あり。 一一二―一一四
登りをはりて壁を離れしふたりの詩人は、ふたゝびあたりを見ることに心ひかれて今ともに默《もだ》し 一一五―一一七
晝の四人《よたり》の侍婢《はしため》ははやあとに殘されて、第五の侍婢|轅《ながえ》のもとにその燃ゆる尖《さき》をばたえず上げゐたり 一一八―一二〇
このときわが導者。思ふに我等は右の肩を縁《ふち》にむけ、山を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《めぐ》ること常の如くにせざるをえざらむ。 一二一―一二三
習慣《ならはし》はかしこにてかく我等の導《しるべ》となれり、しかしてかの貴き魂の肯《うけが》へるため我等いよいよ疑はずして路に就けり
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