みぶり》とをあらはせる空色《そらいろ》をみき 五八―六〇
かくてわが目のなほ進みゆきし時、我は血の如く赤き一の嚢の、牛酪よりも白き鵞鳥を示せるをみき 六一―六三
こゝにひとり白き小袋に空色の孕める豚を徽號《しるし》とせる者我にいひけるは、汝この濠《ほり》の中に何を爲すや 六四―六六
いざ去れ、しかして汝猶生くるがゆゑに知るべし、わが隣人《となりびと》ヴィターリアーノこゝにわが左にすわらむ 六七―六九
これらフィレンツェ人《びと》のなかにありて我はパードヴァの者なり、彼等叫びて三の嘴の嚢をもて世にまれなる武夫《ますらを》來れといひ 七〇―
わが耳を擘《つんざ》くこと多し、かく語りて口を歪めあたかも鼻を舐《ねぶ》る牡牛の如くその舌を吐けり ―七五
我はなほ止まりて我にしかするなかれと誡めしものゝ心を損はんことをおそれ、弱れる魂等を離れて歸れり 七六―七八
かくて既に猛き獸の後《しり》に乘りたるわが導者にいたれるに、彼我に曰ひけるは、いざ心を強くしかたくせよ 七九―八一
この後我等かゝる段《きだ》によりてくだる、汝は前に乘るべし、尾の害をなすなからんためわれ間にあるを願へばなり 八二―八四
瘧をわづらふ人、惡寒《さむけ》を覺ゆる時迫れば、爪既に死色を帶び、たゞ日蔭を見るのみにてもその身震ひわなゝくことあり 八五―八七
我この言《ことば》を聞けるときまた斯くの如くなりき、されど彼の戒めは我に恥を知らしめき、善き主の前には僕強きもまたこの類《たぐひ》なるべし 八八―九〇
我はかの太《ふと》く醜《みにく》き肩の上に坐せり、ねがはくは我を抱きたまへといはんと思ひしかどもおもふ如くに聲出でざりき 九一―九三
されど危きに臨みてさきにも我を助けし者、わが乘るや直ちにその腕《かひな》をもて我をかかへ我をさゝへ 九四―
いひけるは、いざゆけジェーリオン、輪を大きくし降りをゆるくせよ、背にめづらしき荷あるをおもへ ―九九
たとへば小舟岸をいでゝあとへ/\とゆくごとく彼もこの處を離れ、己が身全く自由なるをしるにいたりて 一〇〇―一〇二
はじめ胸を置ける處にその尾をめぐらし、これをひらきて動かすこと鰻の如く、また足をもて風をその身にあつめき 一〇三―一〇五
思ふにフェートンがその手綱を棄てし時(天これによりて今も見ゆるごとく焦《こが》れぬ)または幸なきイカーロが 一〇六―
蝋熱をうけし爲め翼腰をはなるゝを覺え、善からぬ路にむかふよと父よばゝれる時の恐れといへども
身は四方大氣につゝまれ萬象消えてたゞかの獸のみあるを見し時のわが恐れにはまさらじ ―一一四
いとゆるやかに泳ぎつゝ彼進み、めぐりまたくだれり、されど顏にあたり下より來る風によらでは我之を知るをえざりき 一一五―一一七
我は既に右にあたりて我等の下に淵の恐るべき響きを成すを聞きしかば、すなはち目を低れて項《うなじ》をのぶるに 一一八―一二〇
火見え歎きの聲きこえ、この斷崖《きりぎし》のさまいよ/\おそろしく、我はわなゝきつゝかたく我身をひきしめき 一二一―一二三
我またこの時四方より近づく多くの大いなる禍ひによりてわがさきに見ざりし降下《くだり》と廻轉《めぐり》とを見たり 一二四―一二六
ながく翼を驅りてしかも呼ばれず鳥も見ず、あゝ汝下るよと鷹匠《たかづかひ》にいはるゝ鷹の 一二七―一二九
さきにいさみて舞ひたてるところに今は疲れて百《もゝ》の輪をゑがいてくだり、その飼主を遠く離れ、あなどりいかりて身をおくごとく 一三〇―一三二
ジェーリオネは我等を削れる岩の下《もと》なる底におき、荷なるふたりをおろしをはれば 一三三―一三五
弦《つる》をはなるゝ矢の如く消えぬ 一三六―一三八
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   第十八曲

地獄にマーレボルジェといふところあり、その周圍《まはり》を卷く圈の如くすべて石より成りてその色鐡に似たり 一―三
この魔性の廣野《ひろの》の正中《たゞなか》にはいと大いなるいと深き一の坎《あな》ありて口をひらけり、その構造《なりたち》をばわれその處にいたりていはむ 四―六
されど坎と高き堅き岸の下《もと》との間に殘る處は圓くその底十の溪にわかたる 七―九
これ等の溪はその形たとへば石垣を護らんため城を繞りていと多くの濠ある處のさまに似たり 一〇―一二
またかゝる要害には閾より外濠《そとぼり》の岸にいたるまで多くの小さき橋あるごとく 一三―一五
數ある石橋《いしばし》岩根より出で、堤《つゝみ》と濠をよこぎりて坎にいたれば、坎はこれを斷ちこれを集めぬ 一六―一八
ジェーリオンの背より拂はれし時我等はこの處にありき、詩人左にむかひてゆき我はその後《うしろ》を歩めり 一九―二一
右を見れば新《あらた》なる憂ひ、新なる苛責、新なる撻者《うちて》第一の嚢《ボルジヤ》に滿てり 二二―二四
底には裸なる罪人等ありき、中央《なかば》よりこなたなるは我等にむかひて來り、かなたなるは我等と同じ方向《むき》にゆけどもその足はやし 二五―二七
さながらジュビレーオの年、群集《ぐんじゆ》大いなるによりてローマ人《びと》等民の爲に橋を渡るの手段《てだて》をまうけ 二八―三〇
片側《かたがは》なるはみな顏を城《カステルロ》にむけてサント・ピエートロにゆき、片側なるは山にむかひて行くごとくなりき 三一―三三
黯《くろず》める岩の上には、かなたこなたに角ある鬼の大なる鞭を持つありてあら/\しく彼等を後《うしろ》より打てり 三四―三六
あはれ始めの一撃《ひとうち》にて踵《くびす》を擧げし彼等の姿よ、二撃《ふたうち》三撃《みうち》を待つ者はげにひとりだにあらざりき 三七―三九
さて歩みゆく間、ひとりわが目にとまれるものありき、我はたゞちに我嘗て彼を見しことなきにあらずといひ 四〇―四二
すなはち定かに認《したゝ》めんとて足をとむれば、やさしき導者もともに止まり、わが少しく後《あと》に戻るを肯ひたまへり 四三―四五
この時かの策《むちう》たるゝもの顏を垂れて己を匿さんとせしかども及ばず、我曰ひけるは、目を地に投ぐる者よ 四六―四八
その姿に詐りなくば汝はヴェネディーコ・カッチヤネミーコなり、汝を導いてこの辛《から》きサルセに下せるものは何ぞや 四九―五一
彼我に、語るも本意《ほい》なし、されど明かなる汝の言《ことば》我に昔の世をしのばしめ我を強ふ 五二―五四
我は侯《マルケーゼ》の心に從はしめんとてギソラベルラをいざなひし者なりき(この不徳の物語いかに世に傳へらるとも) 五五―五七
さてまたこゝに歎くボローニア人《びと》は我身のみかは、彼等この處に滿つれば、今サヴェーナとレーノの間に 五八―六〇
シパといひならふ舌もなほその數これに及びがたし、若しこの事の徴《しるし》、證《あかし》をほしと思はゞたゞ慾深き我等の胸を思ひいづべし 六一―六三
かく語れる時一の鬼その鞭をあげてこれを打ちいひけるは、去れ判人《ぜげん》、こゝには騙《たら》すべき女なし 六四―六六
我わが導者にともなへり、かくて數歩にして我等は一の石橋の岸より出でし處にいたり 六七―六九
いとやすく之に上《のぼ》りて破岩をわたり右にむかひ此等の永久《とこしへ》の圈を離れき 七〇―七二
橋下空しくひらけて打たるゝ者に路をえさするところにいたれば、導者曰ひけるは、止まれ 七三―七五
しかしてこなたなる幸なく世に出でし者の面《おもて》を汝にむけしめよ、彼等は我等と方向《むき》を等しうせるをもて汝未だ顏を見ず 七六―七八
我等古き橋より見しに片側《かたがは》を歩みて我等のかたに來れる群ありてまたおなじく鞭に逐はれき 七九―八一
善き師問はざるに我に曰ひけるは、かの大いなる者の來るを見よ、いかに苦しむとも彼は涙を流さじとみゆ 八二―八四
あゝいかなる王者の姿ぞやいまなほ彼に殘れるは、彼はヤーソンとて智と勇とによりてコルコ人《びと》より牡羊を奪へる者なり 八五―八七
レンノの島の膽太《きもふと》き慈悲なき女等すべての男を殺し盡せし事ありし後、彼かしこを過ぎ 八八―九〇
さきに島人を欺きたりし處女《おとめ》イシフィーレを智と甘《あま》きことばをもてあざむき 九一―九三
その孕むにおよびてひとりこれをこゝに棄てたり、この罪彼を責めてこの苦をうけしめ、メデーアの怨みまた報いらる 九四―九六
すべて斯の如く欺く者皆彼と共にゆくなり、さて第一の溪とその牙に罹るものをしる事之をもて我等足れりとなさん 九七―九九
我等は此時細路第二の堤と交叉し之を次の弓門《アルコ》の橋脚《はしぐひ》となせるところにいたれるに 一〇〇―一〇二
次の嚢《ボルジヤ》の民の呻吟《うめ》く聲、あらき氣息《いき》、また掌《たなごゝろ》にて身をうつ音きこえぬ 一〇三―一〇五
たちのぼる惡氣岸に粘《つ》き、黴《かび》となりてこれをおほひ、目を攻めまた鼻を攻む 一〇六―一〇八
底は深く窪みたれば石橋のいと高き處なる弓門《アルコ》の頂に登らではいづこにゆくもわきがたし 一〇九―一一一
我等すなはちこゝにいたりて見下《みおろ》せるに、濠の中には民ありて糞《ふん》に浸《ひた》れり、こは人の厠より流れしものゝごとくなりき 一一二―一一四
われ目をもてかなたをうかゞふ間、そのひとり頭いたく糞によごれて緇素を判《わか》ち難きものを見き 一一五―一一七
彼我を責めて曰ひけるは、汝何ぞ穢れし我|侶《とも》を措きて我をのみかく貪り見るや、我彼に、他に非ずわが記憶に誤りなくば 一一八―一二〇
我は汝を髮乾ける日に見しことあり、汝はルッカのアレッショ・インテルミネイなり、この故にわれ特《こと》に目を汝にとゞむ 一二一―一二三
この時|頂《いたゞき》を打ちて彼、我をかく深く沈めしものは諂《へつらひ》なりき、わが舌これに飽きしことなければなり 一二四―一二六
こゝに導者我に曰ひけるは、さらに少しく前を望み、身穢れ髮亂れかしこに不淨の爪もて 一二七―一二九
おのが身を掻《か》きたちまちうづくまりたちまち立ついやしき女の顏を見よ 一三〇―一三二
これ遊女《あそびめ》タイデなり、いたく心に適《かな》へりやと問へる馴染《なじみ》の客に答へて、げにあやしくとこそといへるはかれなりき 一三三―一三五
さて我等の目これをもて足れりとすべし 一三六―一三八
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   第十九曲

あゝシモン・マーゴよ、幸なき從者《ずさ》等よ、汝等は貪りて金銀のために、徳の新婦《はなよめ》となるべき 一―三
神の物を穢れしむ、今|喇叭《らつぱ》は汝等のために吹かるべし、汝等第三の嚢《ボルジヤ》にあればなり 四―六
我等はこの時石橋の次の頂《いたゞき》まさしく濠の眞中《まなか》にあたれるところに登れり 七―九
あゝ比類《たぐひ》なき智慧よ、天に地にまた禍ひの世に示す汝の技《わざ》は大いなるかな、汝の權威《ちから》の頒《わか》ち與ふるさまは公平なるかな 一〇―一二
こゝに我見しに側《かは》にも底にも黒める石一面に穴ありて大きさ皆同じくかついづれも圓《まろ》かりき 一三―一五
思ふにこれらは授洗者《じゆせんじや》の場所としてわが美しき聖ジョヴァンニの中に造られしもの(未だ幾年《いくとせ》ならぬさき我その一を碎けることあり 一六―一八
こはこの中にて息絶えんとせし者ありし爲なりき、さればこの言《ことば》證《あかし》となりて人の誤りを解け)より狹くも大きくもあらざりしなるべし 一九―二一
いづれの穴の口よりも、ひとりの罪ある者の足およびその脛腓《はぎこむら》まであらはれ、ほかはみな内にあり 二二―二四
二の蹠《あしうら》火に燃えて關節《つがひめ》これがために震ひ動き、そのはげしさは綱《つな》をも組緒《くみを》をも斷切るばかりなりき 二五―二七
油ひきたる物燃ゆれば炎はたゞその表面《おもて》をのみ駛するを常とす、かの踵《くびす》より尖《さき》にいたるまでまた斯くの如くなりき 二八―三〇
我曰ふ、師よ、同囚《なかま》の誰よりも劇しく振り動かして怒りをあらはし猛き炎に舐《ねぶ》らるる者は誰ぞや 三一―三三
彼我に、わが汝をいだいて岸の低きをくだるを願はゞ汝は彼によりて彼と彼の
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