の尊き淑女天にあり、わが汝を遣はすにいたれるこの障礙《しやうげ》のおこれるをあはれみて天上の嚴《おごそか》なる審判《さばき》を抂ぐ 九四―九六
かれルチーアを呼び、請ひていひけるは、汝に忠なる者いま汝に頼らざるをえず、我すなわち彼を汝に薦むと 九七―九九
すべてあらぶるものゝ敵《あだ》なるルチーアいでゝわが古《いにしへ》のラケーレと坐しゐたる所に來り 一〇〇―一〇二
いひけるは、ベアトリーチェ、神の眞《まこと》の讚美よ、汝何ぞ汝を愛すること深く汝のために世俗を離るゝにいたれるものを助けざる 一〇三―一〇五
汝はかれの苦しき歎きを聞かざるか、汝は河水漲りて海も誇るにたらざるところにかれを攻むる死をみざるか 一〇六―一〇八
世にある人の利に趨り害を避くる急《はや》しといへども、かくいふをききて 一〇九―一一一
汝の言《ことば》の品《しな》たかく汝の譽また聞けるものゝ譽なるを頼《たのみ》とし、祝福《めぐみ》の座を離れてこゝに下れるわがはやさには若かじ 一一二―一一四
かくかたりて後涙を流し、その燦《あざや》かなる目をめぐらせり、わが疾《と》くとく來れるもこれがためなりき 一一五―一一七
さればわれ斯く彼の旨をうけて汝に來り、美山《うつくしきやま》の捷路《ちかみち》を奪へるかの獸より汝を救へり 一一八―一二〇
しかるに何事ぞ、何故に、何故にとゞまるや、何故にかゝる卑怯を心にやどすや、かくやむごとなき三人《みたり》の淑女 一二一―一二三
天の王宮に在りて汝のために心を勞し、かつわが告ぐるところかく大いなる幸《さち》を汝に約するに汝何ぞ勇なく信なきや 一二四―一二六
たとへば小さき花の夜寒《よさむ》にうなだれ凋めるが日のこれを白むるころ悉くおきかへりてその莖の上にひらく如く 一二七―一二九
わが萎《な》えしたましひかはり、わが心いたくいさめば、恐るゝものなき人のごとくわれいひけるは 一三〇―一三二
あゝ慈悲深きかな我をたすけし淑女、志厚きかなかれが傳へし眞の詞にとくしたがへる汝 一三三―一三五
汝言によりわが心を移して往くの願ひを起さしめ、我ははじめの志にかへれり 一三六―一三八
いざゆけ、導者よ、主《きみ》よ、師よ、兩者《ふたり》に一の思ひあるのみ、我斯く彼にいひ、かれ歩めるとき 一三九―一四一
艱き廢れし路に進みぬ 一四二―一四四
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   第三曲

我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠《とこしへ》の苦患《なやみ》あり、我を過ぐれば滅亡《ほろび》の民あり 一―三
義は尊きわが造り主《ぬし》を動かし、聖なる威力《ちから》、比類《たぐひ》なき智慧、第一の愛我を造れり 四―六
永遠《とこしへ》の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ 七―九
われは黒く録《しる》されしこれらの言《ことば》を一の門の頂に見き、この故に我、師よ、かれらの意義我に苦し 一〇―一二
事すべてあきらかなる人の如く、彼我に、一切の疑懼一切の怯心ここに棄つべく滅ぼすべし 一三―一五
我等はいま智能の功徳《くどく》を失へる憂ひの民をみんとわがさきに汝に告げしところにあるなり 一六―一八
かくて氣色《けしき》うるはしくわが手をとりて我をはげまし、我を携へて祕密の世に入りぬ 一九―二一
ここには歎き、悲しみの聲、はげしき叫喚、星なき空《そら》にひゞきわたれば、我はたちまち涙を流せり 二二―二四
異樣の音《おん》、罵詈《のゝしり》の叫び、苦患《なやみ》の言《ことば》、怒りの節《ふし》、強き聲、弱き聲、手の響きこれにまじりて 二五―二七
轟動《どよ》めき、たえず常暗《とこやみ》の空をめぐりてさながら旋風吹起る時の砂のごとし 二八―三〇
怖れはわが頭《かうべ》を卷けり、我即ちいふ、師よわが聞くところのものは何ぞや、かく苦患《なやみ》に負くるとみゆるは何の民ぞや 三一―三三
彼我に、この幸《さち》なき状《さま》にあるは恥もなく譽もなく世をおくれるものらの悲しき魂なり 三四―三六
彼等に混《まじ》りて、神に逆《さから》へるにあらず、また忠なりしにもあらず、たゞ己にのみ頼れるいやしき天使の族《むれ》あり 三七―三九
天の彼等を逐へるはその美に虧くる處なからんため、深き地獄の彼等を受けざるは罪ある者等これによりて誇ることなからんためなり 四〇―四二
我、師よ、彼等何を苦しみてかくいたく歎くにいたるや、答へていふ、いと約《つゞま》やかにこれを汝に告ぐべし 四三―四五
それ彼等には死の望みなし、その失明の生はいと卑しく、いかなる分際《きは》といへどもその嫉みをうけざるなし 四六―四八
世は彼等の名の存《のこ》るをゆるさず、慈悲も正義も彼等を輕んず、我等また彼等のことをかたるをやめん、汝たゞ見て過ぎよ 四九―五一
われ目をさだめて見しに一旒の旗ありき、飜り流れてそのはやきこと些《すこし》の停止《やすみ》をも蔑視《さげす》むに似たり 五二―五四
またその後方《うしろ》には長き列を成して歩める民ありき、死がかく多くの者を滅ぼすにいたらんとはわが思はざりしところなりしを 五五―五七
われわが識れるものゝ彼等の中にあるをみし後、心おくれて大事を辭《いな》めるものゝ魂を見知りぬ 五八―六〇
われはたゞちに悟《さと》りかつ信ぜり、こは神にも神の敵にも厭はるゝ卑しきものの宗族《うから》なりしを 六一―六三
これらの生けることなき劣れるものらはみな裸のまゝなりき、また虻あり蜂ありていたくかれらを刺し 六四―六六
顏に血汐の線をひき、その血の涙と混れるを汚らはしき蟲|足下《あしもと》にあつめぬ 六七―六九
われまた目をとめてなほ先方《さき》を望み、一の大いなる川の邊《ほとり》に民あるをみ、いひけるは、師よねがはくは 七〇―七二
かれらの誰なるや、微《かすか》なる光によりてうかゞふに彼等渡るをいそぐに似たるは何の定《さだめ》によりてなるやを我に知らせよ 七三―七五
彼我に、我等アケロンテの悲しき岸邊に足をとゞむる時これらの事汝にあきらかなるべし 七六―七八
この時わが目恥を帶びて垂れ、われはわが言《ことば》の彼に累をなすをおそれて、川にいたるまで物言ふことなかりき 七九―八一
こゝに見よひとりの翁《おきな》の年へし髮を戴きて白きを、かれ船にて我等の方に來り、叫びていひけるは、禍ひなるかな汝等惡しき魂よ 八二―八四
天を見るを望むなかれ、我は汝等をかなたの岸、永久《とこしへ》の闇の中熱の中氷の中に連れゆかんとて來れるなり 八五―八七
またそこなる生ける魂よ、これらの死にし者を離れよ、されどわが去らざるをみて 八八―九〇
いふ、汝はほかの路によりほかの港によりて岸につくべし、汝の渡るはこゝにあらず、汝を送るべき船はこれよりなほ輕し 九一―九三
導者彼に、カロンよ、怒る勿れ、思ひ定めたる事を凡て行ふ能力《ちから》あるところにてかく思ひ定められしなり、汝また問ふこと勿れ 九四―九六
この時目のまはりに炎の輪ある淡黒《うすぐろ》き沼なる舟師《かこ》の鬚多き頬はしづまりぬ 九七―九九
されどよわれる裸なる魂等はかの非情の言《ことば》をきゝて、たちまち色をかへ齒をかみあわせ 一〇〇―一〇二
神、親、人およびその蒔かれその生れし處と時と種《たね》とを誹《そし》れり 一〇三―一〇五
かくて彼等みないたく泣き、すべて神をおそれざる人を待つ禍ひの岸に寄りつどへり 一〇六―一〇八
目は熾火《おきび》のごとくなる鬼のカロン、その意《こゝろ》を示してみな彼等を集め、後るゝ者あれば櫂にて打てり 一〇九―一一一
たとへば秋の木《こ》の葉の一葉《ひとは》散りまた一葉ちり、枝はその衣《ころも》を殘りなく地にをさむるにいたるがごとく 一一二―一一四
アダモの惡しき裔《すゑ》は示しにしたがひ、あひついで水際《みぎは》をくだり、さながら呼ばるゝ鳥に似たり 一一五―一一七
かくして彼等|黯《くろず》める波を越えゆき、いまだかなたに下立《おりた》たぬまにこなたには既にあらたに集まれる群《むれ》あり 一一八―一二〇
志厚き師曰ひけるは、わが子よ、神の怒りのうちに死せるもの萬國より來りてみなこゝに集《つど》ふ 一二一―一二三
その川を渡るをいそぐは神の義これをむちうちて恐れを願ひにかはらしむればなり 一二四―一二六
善き魂この處を過ぐることなし、さればカロン汝にむかひてつぶやくとも、汝いまその言の意義をしるをえん 一二七―一二九
いひ終れる時|黒暗《くらやみ》の廣野《ひろの》はげしくゆらげり、げにそのおそろしさを思ひいづればいまなほわが身汗にひたる 一三〇―一三二
涙の地風をおこし、風は紅《くれなゐ》の光をひらめかしてすべてわが官能をうばひ 一三三―一三五
我は睡りにとらはれし人の如く倒れき 一三六―一三八
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   第四曲

はげしき雷《いかづち》はわが頭《かうべ》のうちなる熟睡《うまい》を破れり、我は力によりておこされし人の如く我にかへり 一―三
たちなほりて休める目を動かし、わが在るところを知らんとて瞳を定めあたりを見れば 四―六
我はげにはてしなき叫喚の雷をあつめてものすごき淵なす溪の縁《へり》にあり 七―九
暗く、深く、霧多く、目をその深處《ふかみ》に注げどもまた何物をもみとむるをえざりき 一〇―一二
詩人あをざめていひけるは、いざ我等この盲《めしひ》の世にくだらむ、我第一に汝第二に 一三―一五
われその色を見、いひけるは、おそるゝごとに我を勵ませし汝若しみづから恐れなば我何ぞ行くをえん 一六―一八
彼我に、この下なる民のわづらひは憐みをもてわが面《おもて》を染めしを、汝みて恐れとなせり 一九―二一
長途我等を促せばいざ行かむ、かくして彼さきに入り、かくして我をみちびきぬ、淵をめぐれる第一の獄《ひとや》の中に 二二―二四
耳にてはかるに、こゝにはとこしへの空《そら》をふるはす大息《ためいき》のほか歎聲《なげき》なし 二五―二七
こは苛責の苦なきなやみよりいづ、またこのなやみをうくるは稚兒《をさなご》、女、男の數多き、大いなる群《むれ》なりき 二八―三〇
善き師我に、汝これらの魂をみてその何なるやを問はざるならずや、いざ汝なほさきに行かざるまに知るべし 三一―三三
彼等は罪を犯せるにあらず、嘉《よみ》すべきことはありとも汝がいだく信仰の一部なる洗禮《バッテスモ》をうけざるが故になほたらず 三四―三六
またクリストの教へのさきに世にありたれば神があがむるの道をつくさゞりき、我も亦このひとりなり 三七―三九
われらの救ひを失へるはほかに罪あるためならず、たゞこの虧處《おちど》のためなれば我等はたゞ願ひありて望みなき生命《いのち》をこゝにわぶるのみ 四〇―四二
われこの言をきくにおよびてリムボに懸れるいとたふとき民あるをしり、深き憂ひはわが心をとらへき 四三―四五
我は一切の迷ひに勝つ信仰にかたく立たんことをおもひ、いひけるは、我に告げよわが師、我に告げよ主《きみ》 四六―四八
おのれの功徳《くどく》によりまたは他人《ひと》の功徳により、かつてこの處をいでゝ福《さいはひ》を享くるに至れるものありや、かれわが言《ことば》の裏をさとり 四九―五一
答へて曰ひけるは、われこゝにくだりてほどなきに、ひとりの權能《ちから》あるもの勝利《かち》の休徴《しるし》を冠《かうむ》りて來るを見たり 五二―五四
この者第一の父の魂、その子アベルの魂、ノエの魂、律法《おきて》をたてまたよく神に順へるモイゼの魂 五五―
族長アブラアム、王ダヴィーデ、イスラエルとその父その子等およびラケーレ(イスラエルかれの、ために多くの事をなしたりき)
その外なほ多くの者の魂をこゝよりとりさり、彼等に福《さいはひ》を與へたりき、汝しるべし、彼等より先には人の魂の救はれしことあらざるを ―六三
かれかたる間も我等歩みを停《とど》めず、たえず林を分けゆけり、即ち繁き魂の林なり 六四―六六
睡りのこなた行く道いまだ長からぬに、我は半球の闇を服せる一の火を見き 六七―六九
我等なほ少しくこれと離れ
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