五七
泣きて曰ひけるは、汝若し才高きによりてこの失明《くらやみ》の獄《ひとや》をめぐりゆくをえば、わが兒はいづこにありや、かれ何ぞ汝と共にあらざる 五八―六〇
我彼に、われ自ら來れるにあらず、かしこに待つ者我を導きてこゝをめぐらしむ、恐らくはかれは汝のグイードの心に侮りし者ならん 六一―六三
かれの言《ことば》と刑罰の状《さま》とは既にその名を我に讀ましめ、わが答かく全きをえしなりき 六四―六六
かれ忽ち起きあがり叫びていひけるは、汝何ぞ「りし」といへるや、彼猶生くるにあらざるか、麗しき光はその目を射ざるか 六七―六九
わがためらひてとみに答へざりしをみ、かれは再び仰《あふの》きたふれ、またあらはれいづることなかりき 七〇―七二
されど我に請ひて止まらしめし心大いなる者、顏をも變へず頸をも動かさずまた身をも曲げざりき 七三―七五
かれさきの言を承けていひけるは、彼等もしよくこの術《わざ》を習はざりきとならば、その事この床《とこ》よりも我を苦しむ 七六―七八
されどこゝを治むる女王の顏燃ゆることいまだ五十度《いそたび》ならぬ間《ま》に、汝自らその術《わざ》のいかに難きやをしるにいたらむ 七九―八一
(願はくは汝麗しき世に歸るをえんことを)請ふ我に告げよ、かの人々何故に凡てその掟《おきて》により、わが宗族《うから》をあしらふことかく殘忍なりや 八二―八四
我すなはち彼に、アルビアを紅《あけ》に色採《いろど》りし敗滅《ほろび》と大いなる殺戮《ほふり》とはかかる祈りを我等の神宮《みや》にさゝげしむ 八五―八七
彼歎きつゝ頭《かうべ》をふりていひけるは、そもかの事に與《あづか》れるはわれひとりにあらざりき、また我何ぞ故なくして人々とともに動かんや 八八―九〇
されどフィレンツェを毀たんとて人々心をあはせし處にては、これをあらはに囘護《かば》ひたる者たゞわれひとりのみなりき 九一―九三
我彼に請ひていひけるは、あゝねがはくは汝の裔《すゑ》つひに安息《やすき》をえんことを、請ふここにわが思想《おもひ》の縺《もつれ》となれる節《ふし》を解け 九四―九六
我善く汝等のいふところをきくに、汝等は時の携へ來るものをあらかじめみれども現在にわたりてはさることなきに似たり 九七―九九
彼曰ふ、我等遠く物をみること恰も光備はらざる人のごとし、これ比類《たぐひ》なき主宰いまなほ我等の上にかく輝くによりてなり 一〇〇―一〇二
物近づきまたはまのあたりにある時我等の智全く空し、若し我等に告ぐる者なくば世のありさまをいかでかしらん 一〇三―一〇五
この故に汝|會得《ゑとく》しうべし、未來の門の閉さるゝとともに我の知識全く死ぬるを 一〇六―一〇八
この時われいたく我咎を悔いていひけるは、さらば汝かの倒れし者に告げてその兒いまなほ生ける者と共にありといへ 一〇九―一一一
またさきにわが默《もだ》して答へざりしは汝によりて解かれし迷ひにすでに心をむけたるが故なるをしらしめよ 一一二―一一四
わが師はすでに我を呼べり、われすなはちいよ/\いそぎてこの魂にともにある者の誰なるやを告げんことを請ひしに 一一五―一一七
彼我にいひけるは、我はこゝに千餘の者と共に臥す、こゝに第二のフェデリーコとカルディナレあり、その他はいはず 一一八―一二〇
かくいひて隱れぬ、我はわが身に仇となるべきかの言《ことば》をおもひめぐらし、足を古《いにしへ》の詩人のかたにむけたり 一二一―一二三
かれは歩めり、かくてゆきつゝ汝何ぞかく思ひなやむやといふ、われその問に答へしに 一二四―一二六
聖《ひじり》訓《さと》していひけるは、汝が聞けるおのが凶事を記憶に藏《をさ》めよ、またいま心をわが言にそゝげ、かくいひて指を擧げたり 一二七―一二九
美しき目にて萬物を見るかの淑女の麗しき光の前にいたらば汝はかれによりておのが生涯の族程《たびぢ》をさとることをえん 一三〇―一三二
かくて彼足を左にむけたり、我等は城壁をあとにし、一の溪に入りたる路をとり、内部《うち》にむかひてすゝめり 一三三―一三五
溪は忌むべき惡臭《をしう》をいだして高くこの處に及ばしむ 一三六―一三八
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第十一曲
碎けし巨岩《おほいは》の輪より成る高き岸の縁《ふち》にいたれば、我等の下にはいよ/\酷《むご》き群《むれ》ありき 一―三
たちのぼる深淵の惡臭《をしう》たへがたく劇しきをもて、我等はとある大墳《おほつか》の蓋の後方《うしろ》に身を寄せぬ 四―
われこゝに一の銘をみたり、曰く、我はフォーチンに引かれて正路を離れし法王アナスターショを納むと ―九
我等ゆるやかにくだりゆくべし、かくして官能まづ少しく悲しみの氣息《いき》に慣れなば、こののち患《うれへ》をなすことあらじ 一〇―一二
師斯く、我彼に曰ふ、時空しく過ぐる
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