後下に投げらる 一三―一五
ミノス我を見し時、かく重き任務《つとめ》を棄てゝ我にいひけるは、憂ひの客舍に來れる者よ 一六―一八
汝みだりに入るなかれ、身を何者に委ぬるや思ひ見よ、入口ひろきによりて欺かるるなかれ、わが導者彼に、汝何ぞまた叫ぶや 一九―二一
彼定命に從ひてゆく、之を妨ぐる勿れ、思ひ定めたる事を凡て行ふ能力《ちから》あるところにてかく思ひ定められしなり、汝また問ふこと勿れ 二二―二四
苦患《なやみ》の調《しらべ》はこの時あらたに我にきこゆ、我はこの時多くの歎聲《なげき》の我を打つところにいたれり 二五―二七
わがいたれる處には一切の光|默《もだ》し、その鳴ることたとへば異なる風に攻められ波たちさわぐ海の如し 二八―三〇
小止《をやみ》なき地獄の烈風吹き荒れて魂を漂はし、旋《めぐ》りまた打ちてかれらをなやましむ 三一―三三
かれら荒ぶる勢ひにあたれば、そこに叫びあり、憂ひあり、歎きあり、また神の權能《ちから》を誹る言《ことば》あり 三四―三六
我はさとりぬ、かゝる苛責の罰をうくるは、理性を慾の役《えき》となせし肉の罪人《つみびと》なることを 三七―三九
たとへば寒き時|椋鳥《むくどり》翼に支へられ、大いなる隙《すき》なき群をつくりて浮び漂ふごとく、風惡靈を漂はし 四〇―四二
こゝまたかしこ下また上に吹送り、身をやすめまたは痛みをかろむべき望みのその心を慰むることたえてなし 四三―四五
またたとへば群鶴《むらづる》の一線長く空《そら》に劃し、哀歌をうたひつゝゆくごとく、我は哀愁の聲をあげ 四六―
かの暴風《はやち》に負《お》はれて來る魂を見き、すなはちいふ、師よ、黒き風にかく懲さるゝ此等の民は誰なりや ―五一
この時彼我にいふ、汝が知るをねがふこれらの者のうち最初《はじめ》なるは多くの語《ことば》の皇后《きさい》なりき 五二―五四
かれ淫慾の非に耽り、おのが招ける汚辱を免かれんため律法《おきて》をたてゝ快樂《けらく》を囘護《かば》へり 五五―五七
かれはセミラミスなり、書にかれニーノの後を承く、即ちその妻なる者なりきといへるは是なり、かれはソルダンの治むる地をその領とせり 五八―六〇
次は戀のために身を殺しシケーオの灰にむかひてその操を破れるもの、次は淫婦クレオパトラースなり 六一―六三
エレーナを見よ、長き禍ひの時めぐり來れるもかれのためなりき、また戀と戰ひて身ををへし大いなるアキルレを見よ 六四―六六
見よパリスを、トリスターノを、かくいひてかれ千餘の魂の戀にわが世を逐はれし者を我にみせ、指さして名を告げぬ 六七―六九
わが師かく古の淑女騎士の名を告ぐるをきける時、我は憐みにとらはれ、わが神氣《こゝろ》絶えいるばかりになりぬ 七〇―七二
我曰ふ、詩人よ、願はくはわれかのふたりに物言はん、彼等相連れてゆき、いと輕く風に乘るに似たり 七三―七五
かれ我に、かれらのなほ我等に近づく時をみさだめ、彼等を導く戀によりて請ふべし、さらば來らむ 七六―七八
風彼等をこなたに靡かしゝとき、われはたゞちに聲をいだして、あはれなやめる魂等よ、彼もし拒まずば來りて我等に物言へといふ 七九―八一
たとへば鳩の、願ひに誘《さそ》はれ、そのつよき翼をたかめ、おのが意《こゝろ》に身を負はせて空《そら》をわたり、たのしき巣にむかふが如く 八二―八四
情《なさけ》ある叫びの力つよければ、かれらはディドの群《むれ》を離れ魔性《ましやう》の空《そら》をわたりて我等にむかへり 八五―八七
あゝやさしく心あたゝかく、世を紅に染めし我等をもかへりみ、暗闇《くらやみ》の空をわけつつゆく人よ 八八―九〇
汝我等の大いなる禍ひをあはれむにより、宇宙の王若し友ならば、汝のためにわれら平和をいのらんものを 九一―九三
すべて汝が聞きまたかたらんとおもふことは我等汝等にきゝまた語らむ、風かく我等のために默《もだ》す間《あひだ》に 九四―九六
わが生れし邑《まち》は海のほとり、ポーその從者《ずさ》らと平和を求めてくだるところにあり 九七―九九
いちはやく雅心《みやびごゝろ》をとらふる戀は、美しきわが身によりて彼を捉へき、かくてわれこの身を奪はる、そのさまおもふだにくるし 一〇〇―一〇二
戀しき人に戀せしめではやまざる戀は、彼の慕はしきによりていと強く我をとらへき、されば見給ふ如く今猶我を棄つることなし 一〇三―一〇五
戀は我等を一の死にみちびきぬ、我等の生命《いのち》を斷てる者をばカイーナ待つなり、これらの語を彼等われらに送りき 一〇六―一〇八
苦しめる魂等のかくかたるをきゝし時、我はたゞちに顏をたれ、ながく擧ぐるをえざりしかば詩人われに何を思ふやといふ 一〇九―一一一
答ふるにおよびて我曰ひけるは、あはれ幾許《いくそ》の樂しき思ひ、いかに切《せち》なる願ひによりてかれら
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