頭を踏むなかれと我にいふものありければ 一九―二一
われ身をめぐらしてみしにわが前また足の下に寒さによりて水に似ず玻璃に似たる一の池ありき 二二―二四
冬のオステルリッキなるダノイアもかの寒空《さむぞら》の下なるタナイもこの處の如く厚き覆面衣《かほおひ》をその流れの上につくれることあらじ 二五―
げにタムベルニッキまたはピエートラピアーナその上に落ちぬともその縁《ふち》すらヒチといはざりしなるべし ―三〇
また農婦が夢にしば/\落穗を拾ふころ、顏を水より出して鳴かんとする蛙の如く 三一―三三
蒼ざめしなやめる魂等は愧《はぢ》のあらはるゝところまで氷にとざゝれ、その齒を鶴の調《しらべ》にあはせぬ 三四―三六
彼等はみなたえず顏を垂る、寒さは口より憂き心は目よりおの/\その證《あかし》をうけぬ 三七―三九
我しばしあたりをみし後わが足元にむかひ、こゝに頭の毛まじらふばかりに近く身をよせしふたりの者を見き 四〇―四二
我曰ふ、胸をおしあはす者よ、汝等は誰なりや我に告げよ、彼等頸をまげ顏をあげて我にむかへるに 四三―四五
さきに内部《うち》のみ濕へるその眼《まなこ》、あふれながれて唇に傳はり、また寒さは目の中の涙を凍らしてふたゝび之をとざせり 四六―四八
鎹《かすがひ》といふともかくつよくは木と木をあはすをえじ、是に於て彼等はげしき怒りを起し、二匹の牡山羊《をやぎ》の如く衝《つ》きあへり 四九―五一
またひとり寒さのために耳を二《ふたつ》ともに失へるもの、うつむけるまゝいひけるは、何ぞ我等をかく汝の鏡となすや 五二―五四
汝このふたりの誰なるを知らんとおもはゞ、聞くべし、ビセンツォの流るゝ溪は彼等の父アルベルト及び彼等のものなりき 五五―五七
彼等は一の身より出づ、汝あまねくカイーナをたづぬとも、氷の中に埋《いけ》らるゝにふさはしきこと彼等にまさる魂をみじ 五八―六〇
アルツーの手にかゝりたゞ一突《ひとつき》にて胸と影とを穿たれし者も、フォカッチヤーも、また頭をもて我を妨げ我に遠く 六一―
見るをえざらしむるこの者(名をサッソール・マスケローニといへり、汝トスカーナ人《びと》ならばよく彼の誰なりしやをしらむ)もまさらじ ―六六
又汝かさねて我に物言はす莫からんため、我はカミチオン・デ・パッチといひてカルリンのわが罪をいひとくを待つ者なるをしるべし 六七―六九
かくて後我は寒さのため犬の如くなれる千の顏をみき、又之を見しによりて凍れる沼は我をわなゝかしむ、後もまた常にしからむ 七〇―七二
我等一切の重力集まる處なる中心にむかひてすゝみ、我はとこしへの寒さの中にふるひゐたりし時 七三―七五
天意常數命運のいづれによりしやしらず、頭《かうべ》の間を歩むとてつよく足をひとりの者の顏にうちあてぬ 七六―七八
彼泣きつゝ我を責めて曰ひけるは、いかなれば我をふみしくや、モンタペルティの罰をまさんとて來れるならずば何ぞ我をなやますや 七九―八一
我、わが師よ、わがこの者によりて一の疑ひを離るゝをうるため請ふ、この處にて我を待ち、その後心のまゝに我をいそがせたまへ 八二―八四
導者は止まれり、我すなはちなほ劇しく詛ひゐたる者にむかひ、汝何者なればかく人を罵るやといへるに 八五―八七
彼答へて、しかいふ汝は何者なればアンテノーラを過ぎゆきて人の頬を打つや、汝若し生ける者なりせば誰かはこれに耐《た》へうべきといふ 八八―九〇
我答へて曰ひけるは、我は生く、このゆゑに汝名を求めば、わが汝の名を記録の中にをさむるは汝の好むところなるべし 九一―九三
彼我に、わが求むるものはその反對《うら》なり、こゝを立去りてまた我に累をなすなかれ、かく諂《へつら》ふともこの窪地《くぼち》に何の益あらんや 九四―九六
この時我その項《うなじ》の毛をとらへ曰ひけるは、いまはのがるゝに途なし、若し名をいはずば汝の髮一筋をだにこゝに殘さじ 九七―九九
彼聞きて曰ふ、汝たとひわが髮を※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》るとも我の誰なるやを告げじ、また千度《ちたび》わが頭上《づじやう》に落來るともあらはさじ 一〇〇―一〇二
我ははやくも髮を手に捲き、これを拔くこと一房より多きにおよび、彼は吠えつゝたえずその目を垂れゐたるに 一〇三―一〇五
ひとり叫びていひけるは、ボッカよ何をかなせる、※[#「鰐」の「魚」に代えて「月」、第3水準1−90−51]《あぎと》を鳴らすもなほ足らずとて吠ゆるか、汝に觸《さは》るは何の鬼ぞや 一〇六―一〇八
我曰ふ、恩に背きし曲者奴《くせものめ》、いまは汝に聞くの用なし、我汝の眞《まこと》の消息《おとづれ》を携へゆきこれを汝の恥となさん 一〇九―一一一
彼答へて曰ふ、往け、しかして思ひのまゝにかたれ、されど汝この中よりいでなば、いまかく口を輕くせ
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