が指を上げて頤《おとがひ》と鼻の間におきぬ 四三―四五
讀者よ、汝いまわがいふことをたやすく信じえずともあやしむにたらず、まのあたりみし我すらもなほうけいるゝこと難ければ 四六―四八
我彼等にむかひて眉をあげゐたるに、六の足ある一匹の蛇そのひとりの前に飛びゆきてひたと之にからみたり 四九―五一
中足《なかあし》をもて腹を卷き前足をもて腕をとらへ、またかなたこなたの頬を噛み 五二―五四
後足《あとあし》を股《もゝ》に張り、尾をその間《あひ》より後方《うしろ》におくり、ひきあげて腰のあたりに延べぬ 五五―五七
木に絡《から》む蔦《つた》といへどもかの者の身に纏《まつ》はれる恐ろしき獸のさまにくらぶれば何ぞ及ばん 五八―六〇
かくて彼等は熱をうけし蝋のごとく着きてその色を交《まじ》へ、彼も此も今は始めのものにあらず 六一―六三
さながら黯《くろず》みてしかも黒ならぬ色の炎にさきだちて紙をつたはり、白は消えうするごとくなりき 六四―六六
殘りの二者《ふたり》之を見て齊しくさけびて、あゝアーニエルよ、かくも變るか、見よ汝ははや二《ふたつ》にも一にもあらずといふ 六七―六九
二の頭既に一となれる時、二の容《かたち》いりまじりて一の顏となり二そのうちに失せしもの我等の前にあらはれき 七〇―七二
四の片《きれ》より二の腕成り、股《もゝ》脛《はぎ》腹《はら》胸《むね》はみな人の未だみたりしことなき身となれり 七三―七五
もとの姿はすべて消え、異樣の像《かたち》は二にみえてしかも一にだにみえざりき、さてかくかはりて彼はしづかに立去れり 七六―七八
三伏の大なる笞《しもと》の下に蜥蜴籬《とかげまがき》を交《か》へ、路を越ゆれば電光《いなづま》とみゆることあり 七九―八一
色青を帶びて黒くさながら胡椒の粒《つぶ》に似たる一の小蛇の怒りにもえつゝ殘る二者《ふたり》の腹をめざして來れるさままたかくの如くなりき 八二―八四
この蛇そのひとりの、人はじめて滋養《やしなひ》をうくる處を刺し、のち身を延ばしてその前にたふれぬ 八五―八七
刺されし者これを見れども何をもいはず、睡りか熱に襲はれしごとく足をふみしめて欠《あくび》をなせり 八八―九〇
彼は蛇を蛇は彼を見ぬ、彼は傷より此は口よりはげしく烟を吐き、烟あひまじれり 九一―九三
ルカーノは今より默《もだ》して幸なきサベルロとナッシディオのことを語らず、心をとめてわがこゝに説きいづる事をきくべし 九四―九六
オヴィディオもまた默してカードモとアレツーザの事をかたるなかれ、かれ男を蛇に女を泉に變らせ、之を詩となすともわれ羨まじ 九七―九九
そは彼|二《ふたつ》の自然をあひむかひて變らしめ兩者の形あひ待ちてその質を替ふるにいたれることなければなり 一〇〇―一〇二
さて彼等の相應ぜること下の如し、蛇はその尾を割きて叉《また》とし、傷を負へる者は足を寄せたり 一〇三―一〇五
脛《はぎ》は脛と股《もゝ》は股と固く着き、そのあはせめ、みるまにみゆべき跡をとゞめず 一〇六―一〇八
われたる尾は他の失へる形をとりて膚《はだへ》軟らかく、他のはだへはこはばれり 一〇九―一一一
我また二《ふたつ》の腕《かひな》腋下に入り、此等の縮むにつれて獸の短き二の足伸びゆくをみたり 一一二―一一四
また二の後足《あとあし》は縒《よ》れて人の隱すものとなり、幸なき者のは二にわかれぬ 一一五―一一七
烟|新《あらた》なる色をもて彼をも此をも蔽ひ、これに毛を生《は》えしめ、かれの毛をうばふあひだに 一一八―一二〇
此《これ》立ち彼《かれ》倒る、されどなほ妄執《まうしふ》の光を逸《そ》らさず、その下《もと》にておのおの顏を變へたり 一二一―一二三
立ちたる者顏を後額《こめかみ》のあたりによすれば、より來れる材《ざい》多くして耳|平《たひら》なる頬の上に出で 一二四―一二六
後方《うしろ》に流れずとゞまれるものはその餘《あまり》をもて顏に鼻を造り、またほどよく唇を厚くせり 一二七―一二九
伏したる者は顏を前方《まへ》に逐ひ、角を收《をさ》むる蝸牛の如く耳を頭にひきいれぬ 一三〇―一三二
またさきに一にて物言ふをえし舌は裂け、わかれし舌は一となり、烟こゝに止みたり 一三三―一三五
獸となれる魂はその聲あやしく溪に沿ひてにげゆき、殘れる者は物言ひつゝその後方《うしろ》に唾《つば》はけり 一三六―一三八
かくて彼新しき背を之にむけ、侶に曰ひけるは、願はくはブオソのわがなせしごとく匍匐《はらば》ひてこの路を走らんことを 一三九―一四一
我は斯く第七の石屑《いしくづ》の變り入替《いりかは》るさまをみたりき、わが筆少しく亂るゝあらば、請ふ人|事《こと》の奇なるをおもへ 一四二―一四四
またわが目には迷ひありわが心には惑ひありしも、かの二者《ふたり》我にかくれて逃ぐ
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