七
ピエルは金銀なきに、我は祈りと斷食《だんじき》とをもて、業《わざ》を始め、フランチェスコは身を卑《ひく》うしてその集《つどひ》を起せり 八八―九〇
汝これらのものゝ濫觴《おこり》をたづね後またその迷ひ入りたる處をさぐらば、白の黒くなれるを見む 九一―九三
しかはあれ、神の聖旨《みむね》によりてヨルダンの退《しざ》り海の逃ぐるは、救ひをこゝに見るよりもなほ異《あや》しと見えしなるべし。 九四―九六
かく我に曰ひて後、かれその侶に加はれり、侶は互に寄り近づけり、しかして全衆あたかも旋風の如く上に昇れり 九七―九九
うるはしき淑女はたゞ一の表示《しるし》をもて我を促《うな》がし彼等につゞいてかの梯子《はしご》を上らしむ、その力かくわが自然に勝ちたりき 一〇〇―一〇二
また人の昇降《のぼりくだり》するに當りて自然に從ふ處なるこの下界にては、動くこといかに速かなりともわが翼に此《たぐ》ふに足《た》らじ 一〇三―一〇五
讀者よ(願はくはかの聖なる凱旋にわが歸るをえんことを、我これを求めて屡※[#二の字点、1−2−22]わが罪に泣き、わが胸を打つ) 一〇六―一〇八
わがかの金牛に續く天宮を見てその内に入りしごとく早くは汝|豈《あに》指を火に入れて引かんや 一〇九―一一一
あゝ榮光の星よ、大いなる力滿つる光よ、我は汝等よりわがすべての才(そはいかなるものなりとも)の出づるを認む 一一二―一一四
我はじめてトスカーナの空氣を吸ひし時、一切の滅ぶる生命《いのち》の父なる者、汝等と共に出で汝等とともに隱れにき 一一五―一一七
後ゆたかなる恩惠《めぐみ》をうけ、汝等をめぐらす貴き天に入りし時、我は圖《はか》らずも汝等の處に着けり 一一八―一二〇
汝等にこそわが魂は、これを己が許《もと》に引くその難所をば超《こ》ゆるに適《ふさ》はしき力をえんとて、今うや/\くしく嘆願《なげく》なれ 一二一―一二三
ベアトリーチェ曰ふ。汝は汝の目を瞭《あきらか》にし鋭くせざるをえざるほど、終極《いやはて》の救ひに近づけり 一二四―一二六
されば汝が未だこれに入らざるさきに、俯《うつむ》き望みて、いかばかりの世界をばわがすでに汝の足の下におきしやを見よ 一二七―一二九
これ凱旋の群衆《ぐんじゆう》喜ばしくこの圓《まろ》き天をわけ來るとき、樂しみ極《きは》まる汝の心のこれに現はれんためぞかし。 一三〇―一三二
われ目を戻して七の天球をこと/″\く望み、さてわが球のさまを見てその劣れる姿のために微笑《ほゝゑ》めり 一三三―一三五
しかしてこれをばいと賤しと判ずる心を我はいと善しと認む、思ひを他の物にむくる人はげに直《なほ》しといふをえむ 一三六―一三八
我はラートナの女《むすめ》がかの影(さきに我をして彼に粗《そ》あり密ありと思はしめたる原因《もと》なりし)なくて燃ゆるを見たり 一三九―一四一
イペリオネよ、こゝにてわが目は汝の子の姿に堪《た》へき、我またマイアとディオネとが彼の周邊《まはり》にかつ彼に近く動くを見たり 一四二―一四四
次に父と子との間にてジョーヴェの和《やはら》ぐるを望み、かれらがその處をば變ふる次第を明らかにしき 一四五―一四七
しかして凡《すべ》て七《なゝつ》の星は、その大いさとそのはやさとその住處《すまひ》の隔たるさまとを我に示せり 一四八―一五〇
われ不朽の雙兒とともにめぐれる間に、人をしていと猛《あら》くならしむる小さき麥場《うちば》、山より河口《かはぐち》にいたるまで悉《こと/″\》く我に現はれき 一五一―一五三
かくて後我は目をかの美しき目にむかはしむ 一五四―一五六
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第二十三曲
物見えわかぬ夜《よる》の間《あひだ》、なつかしき木の葉のうちにて、己がいつくしむ雛とともに巣に休みゐたる鳥が 一―三
かれらの慕はしき姿を見、かつかれらに食《くら》はしむる物をえん――これがためには大いなる勞苦も樂し――とて 四―六
時ならざるに梢にいたり、曉の生るゝをのみうちまもりつゝ、燃ゆる思ひをもて日を待つごとく 七―九
わが淑女は、頭《かうべ》を擧げ心をとめて立ち、日脚《ひあし》の最も遲しとみゆるところにむかへり 一〇―一二
されば彼の待ち憧《あこが》るゝを見、我はあたかも願ひに物を求めつゝ希望《のぞみ》に心を足《たら》はす人の如くになれり 一三―一五
されど彼と此との二の時、即ちわが待つことゝ天のいよ/\赫《かゞや》くを見ることゝの間はたゞしばしのみなりき 一六―一八
ベアトリーチェ曰《い》ふ。見よ、クリストの凱旋の軍を、またこれらの球の※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]轉《めぐり》によりて刈取られし一切の實《み》を。 一九―二一
淑女の顏はすべて燃ゆるごとく見え、その目にはわが語らずして已《や》むのほかなき程に大いなる喜悦《よろこび》滿てり 二二―二四
澄《すみ》わたれる望月《もちづき》の空に、トリヴィアが、天の懷《ふところ》をすべて彩色《いろど》る永遠《とこしへ》のニンフェにまじりてほゝゑむごとく 二五―二七
我は千《ちゞ》の燈火《ともしび》の上に一の日輪ありてかれらをこと/″\く燃《もや》し、その状《さま》わが日輪の、星におけるに似たるを見たり 二八―三〇
しかしてかの光る者その生くる光を貫いていと燦《あざや》かにわが顏を照らしたれば、わが目これに堪《た》ふるをえざりき 三一―三三
あゝベアトリーチェわがうるはしき慕はしき導者よ、彼我に曰ふ。汝の視力に勝つものは、防ぐに術《すべ》なき力なり 三四―三六
こゝにこそ、天地《あめつち》の間の路を開きてそのかみ人のいと久しく願ひし事をかなへたるその知慧と力とあるなれ。 三七―三九
たとへば火が雲の容《い》るゝ能《あた》はざるまで延びゆきて遂にこれを破り、その性《さが》に背《そむ》きて地にくだるごとく 四〇―四二
わが心はかの諸※[#二の字点、1−2−22]の饗《もてなし》のためにひろがりて己を離れ、そのいかになりしやを自ら思ひ出で難し 四三―四五
いざ目を啓《ひら》きてわが姿を見よ、汝諸※[#二の字点、1−2−22]の物を見てはやわが微笑《ほゝゑみ》に堪ふるにいたりたればなり。 四六―四八
過去《こしかた》を録《しる》す書《ふみ》の中より消失することなきほどの感謝をば受くるにふさはしきこの勸《すゝめ》を聞きし時 四九―
我はあたかも忘れし夢をその名殘によりて心に浮べんといたづらに力《つと》むる人のごとくなりき ―五四
たとひポリンニアとその姉妹達とがかれらのいと甘き乳をもていとよく養ひし諸※[#二の字点、1−2−22]の舌今|擧《こぞ》りて鳴りて 五五―五七
我を助くとも、聖なる微笑《ほゝゑみ》とそがいかばかり聖なる姿を燦《あざや》かにせしやを歌ふにあたり、眞《まこと》の千|分《ぶ》一にも到らじ 五八―六〇
是故に天堂を描く時、この聖なる詩は、行手《ゆくて》の道の斷《き》れたるを見る人のごとく、跳《をどり》越えざるをえざるなり 六一―六三
されど題《テーマ》の重きことゝ人間の肩のこれを負《お》ふことゝを思はゞ、たとひこれが下にてゆるぐとも、誰しも肩を責めざるならむ 六四―六六
この勇ましき舳《へさき》のわけゆく路は、小舟またはほねをしみする舟人《ふなびと》の進みうべきところにあらじ 六七―六九
汝何ぞわが顏をのみいたく慕ひて、クリストの光の下《もと》に花咲く美しき園をかへりみざるや 七〇―七二
かしこに薔薇あり、こはその中《なか》にて神の言《ことば》肉となり給へるもの、かしこに諸※[#二の字点、1−2−22]の百合あり、こはその薫《かをり》にて人に善道《よきみち》をとらしめしもの。 七三―七五
ベアトリーチェかく、また我は、その勸《すゝめ》に心すべて傾きゐたれば、再び身を弱き眼《まなこ》の戰《いくさ》に委《ゆだ》ねき 七六―七八
日の光|雲間《くもま》をわけてあざやかに映《さ》す花の野を、わが目|嘗《かつ》て陰に蔽はれて見しことあり 七九―八一
かくの如く、燃ゆる光に上より照らされて輝く者のあまたの群《むれ》を我は見き、その輝の本を見ずして 八二―八四
あゝかくかれらに印影《かた》を捺《お》す慈愛の力よ、汝は力足らざる目にその見るをりをえしめんとて自ら高く昇れるなりき 八五―八七
あさなゆふなわが常に呼びまつる美しき花の名を聞き、我わが魂をこと/″\くあつめて、いと大いなる火をみつむ 八八―九〇
しかして下界にて秀でしごとく天上にてもまた秀づるかの生くる星の質と量とがわが二の目に描かれしとき 九一―九三
天の奧より冠の如き輪形《わがた》を成せる一の燈火《ともしび》降りてこの星を卷き、またこれが周圍《まはり》をめぐれり 九四―九六
世にいと妙《たへ》にひゞきて魂をいと強く惹《ひ》く調《しらべ》といふとも、かの琴――いとあざやかなる天を飾る 九七―
かの美しき碧玉《あをだま》の冠となりし――の音にくらぶれば、雲の裂けてとゞろくごとく思はるべし ―一〇二
われはこれ天使の愛なり、われらの願ひの宿《やど》なりし胎《たい》よりいづるそのたふとき悦びを我今めぐる 一〇三―一〇五
我はめぐらむ、天の淑女よ、汝|爾子《みこ》のあとを逐ひゆき、至高球《いとたかききう》をして、汝のこれに入るにより、いよ/\聖ならしむるまで。 一〇六―一〇八
めぐりつゝかくうたひをはれば、他の光はすべてマリアの聖名《みな》を唱《とな》へり 一〇九―一一一
宇宙の諸天をこと/″\く蔽ひ、神の聖息《みいき》と法《のり》とをうけて熱いと強く生氣いと旺《さかん》なる王衣《おうのころも》は 一一二―一一四
その内面《うちがは》われらを遠く上方《うへ》に離れゐたるため、わがをりし處にては、その状《さま》未だ我に見えねば 一一五―一一七
冠を戴きつゝ己が子のあとより昇れる焔に、わが目ともなふあたはざりき 一一八―一二〇
しかしてたとへば、乳を吸ひし後、愛燃えて外《そと》にあらはれ、腕《かひな》を母の方《かた》に伸《の》ぶる稚兒《をさなご》のごとく 一二一―一二三
これらの光る火、いづれもその焔を上方《うへ》に伸べ、そがマリアにむかひていだく尊き愛を我に示しき 一二四―一二六
かくてかれらはレーギーナ・コイリーをうたひつゝわが眼前《めのまへ》に殘りゐたり、その歌いと妙《たへ》にしてこれが喜び一|度《たび》も我を離れしことなし 一二七―一二九
あゝこれらの最《いと》も富める櫃《はこ》に――こは下界にて種を蒔《ま》くに適《ふさ》はしき地なりき――收めし物の豐かなることいかばかりぞや 一三〇―一三二
こゝにはかれらそのバビローニアの流刑《るけい》に泣きつゝ黄金《こがね》をかしこに棄てゝえたる財寶《たから》にて生き、かつこれを樂しむ 一三三―一三五
こゝにはいと大いなる榮光の鑰を保つ者、神の、またマリアの尊き子の下《もと》にて、舊新二つの集會《つどひ》とともに 一三六―
その戰勝《かちいくさ》を祝ふ ―一四一
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第二十四曲
あゝ尊き羔《こひつじ》(彼汝等に食を與へて常に汝等の願ひを滿たす)の大いなる晩餐《ゆふげ》に選ばれて列る侶等よ 一―三
神の恩惠《めぐみ》により、此人汝等の食卓《つくゑ》より落つる物をば、死が未だ彼の期《とき》を定めざるさきに豫《あらかじ》め味ふなれば 四―六
心をかれのいと深き願ひにとめ、少しくかれを露にて潤《うる》ほせ、汝等は彼の思ふ事の出づる本《もと》なる泉の水をたえず飮むなり。 七―九
ベアトリーチェかく、またかの喜べる魂等は、動かざる軸の貫《つらぬ》く球となりて、そのはげしく燃ゆることあたかも彗星《はうきぼし》に似たりき 一〇―一二
しかして時辰儀《じしんぎ》にては、その裝置《しかけ》の輪|※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《めぐ》るにあたり、これに心をとむる人に、初めの輪しづまりて終りの輪飛ぶと見ゆるごとく 一三―一五
これらの球は、或は速く或は遲くさま/″\に舞ひ、我をしてかれらの富を量《はか》るをえしめき 一六―一八
さていと美しと我に見えし球の中
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