めずば、汝ベアトリーチェを見るべし、さらば彼は汝のために全くこれらの疑ひを解かむ 七六―七八
今はたゞ、痛みの爲にふさがる五の傷《きず》の、とくかの二のごとく消ゆるにいたる途を求めよ。 七九―八一
我はこのとき我よくさとるといはんとおもひしかど、わがすでに次の圓に着けるを見しかば、目の願ひのために默《もだ》せり 八二―八四
こゝにて我俄かにわが官能をはなれて一の幻《まぼろし》の中に曳かれ、多くの人を一の神殿《みや》の内にみしごとくなりき 八五―八七
母たる者のやさしさを姿にあらはせしひとりの女、入口に立ち、わが子よ、何ぞ我等にかくなしたるや 八八―九〇
見よ、汝の父と我と憂へて汝を尋ねたりといひ、いひをはりて默《もだ》せしとき、第一の異象消ゆ 九一―九三
次にまたひとりの女わが前にあらはれき、はげしき怒りより生るゝとき憂ひのしたたらす水その頬をくだれり 九四―九六
彼曰ふ。汝|實《まこと》にかゝる都――これが名について神々の間にかのごとき爭ひありき、また凡ての知識の光この處より閃《きらめ》きいづ――の君ならば 九七―九九
ピシストラートよ、我等の女《むすめ》が抱きたる不敵の腕《かひな》に仇をむくいよ。されど君は寛仁柔和の人とみえ 一〇〇―一〇二
さわぐ氣色《けしき》もなくこれに答へて、我等己を愛する者を罪せば、我等の禍ひを求むる者に何をなすべきやといふごとくなりき 一〇三―一〇五
我また民が怒りの火に燃え、殺せ/\とのみ聲高く叫びあひつゝ石をもてひとりの少年《わかもの》を殺すをみたり 一〇六―一〇八
死はいま彼を壓しつゝ地にむかひてかゞましむれど、彼はたえず目を天の門となし 一〇九―一一一
かゝる爭ひのうちにも憐憫《あはれみ》を惹《ひ》く姿にてたふとき主に祈り、己を虐《しひた》ぐる者のために赦しを乞へり 一一二―一一四
わが魂|外部《そと》にむかひ、その外部《そと》なる眞《まこと》の物に歸れる時、我は己の僞りならざる誤りをみとめき 一一五―一一七
わが導者は、眠りさむる人にひとしきわが振舞をみるをえていふ。汝いかにせる、何ぞ自ら身をさゝふるあたはずして 一一八―一二〇
半レーガ餘の間、目を閉ぢ足をよろめかし、あたかも酒や睡りになやむ人のごとく來れるや。 一二一―一二三
我曰ふ。あゝやさしきわが父よ、汝耳をかたむけたまはば、我かく脛《はぎ》を奪はれしときわが前にあらはれしものを汝に告ぐべし。 一二四―一二六
彼。汝たとひ百の假面《めん》にて汝の顏を覆ふとも、汝の思ひのいと微小《さゝやか》なるものをすら、我にかくすことあたはじ 一二七―一二九
それかのものの汝に見えしは、汝が言遁《いひのが》るゝことなくしてかの永遠《とこしへ》の泉より溢《あふ》れいづる平和の水に心を開かんためなりき 一三〇―一三二
わがいかにせると汝に問へるも、こは魂肉體を離るれば視る能はざる目のみをもて見るものの問ふごとくなせるにあらず 一三三―一三五
たゞ汝の足に力をえさせんとて問へるなり、總て怠惰にて覺醒《めざめ》己に歸るといへどもこれを用ゐる事遲き者はかくして勵ますを宜しとす。 一三六―一三八
我等は夕《ゆふべ》の間、まばゆき暮《くれ》の光にむかひて目の及ぶかぎり遠く前途《ゆくて》を見つゝ歩みゐたるに 一三九―一四一
見よ夜の如く黒き一團の煙しづかに/\こなたに動けり、しかして避くべきところなければ 一四二―一四四
我等は目と澄める空氣をこれに奪はれき 一四五―一四七
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第十六曲
地獄の闇または乏しき空《そら》に雲みち/\て暗き星なき夜《よ》の闇といふとも 一―三
我等をおほへる烟のごとく厚き粗《あら》き面※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《かほおほひ》を造りてわが目を遮りわが官に觸れしことはあらじ 四―六
われ目をひらくあたはざれば、智《さと》き頼《たのも》しきわが導者は我にちかづきてその肩をかしたり 七―九
我は瞽《めしひ》が路をあやまりまたは己を害《そこな》ふか殺しもすべき物にうちあたるなからんためその相者《てびき》に從ふごとく 一〇―一二
苛《から》き濁れる空氣をわけ、わが導者の、汝我と離れざるやう心せよとのみいへる言《ことば》に耳を傾けて歩めり 一三―一五
こゝに多くの聲きこえぬ、各※[#二の字点、1−2−22]平和と慈悲とを、かの罪を除きたまふ神の羔《こひつじ》に祈るに似たりき 一六―一八
祈りはたえずアーグヌス・デイーにはじまり、詞も節もみな同じ、さればすべての聲全く相和せるごとくなりき 一九―二一
我曰ふ。師よ、かくうたふは靈なりや。彼我に。汝のはかるところ正し、彼等は怒りの結《むすび》を解くなり。 二二―二四
我等の烟を裂き、いまだ時を月に分つ者のごとく我等の事を語る者よ、汝は誰ぞや。 二五―二七
一の聲斯く曰へり、是に於てかわが師曰ふ。汝答へよ、しかして登りの道のこなたにありや否やを問ふべし。 二八―三〇
我。あゝ身を麗しうして己が造主《つくりぬし》に歸らんため罪を淨むる者よ、汝我にともなはば奇《くす》しき事を聽くをえむ。 三一―三三
答へて曰ふ。我汝に從ひてわが行くをうる間はゆかむ、烟は見るを許さずとも聞くことこれに代りて我等を倶にあらしめむ。 三四―三六
このとき我曰ふ。我は死の解く纏布《まきぎぬ》をまきて登りゆくなり、地獄の苦しみを過ぎてこゝに來れり 三七―三九
神はわがその王宮を、近代《ちかきよ》に全く例《ためし》なき手段《てだて》によりて見るを好《よみ》したまふまで、我をその恩惠《めぐみ》につゝみたまへるなれば 四〇―四二
汝死なざる前《さき》は誰なりしや請ふ隱さず我に告げよ、また我のかくゆきて徑《こみち》にいたるや否やを告げて汝の言を我等の導《しるべ》とならしめよ。 四三―四五
我はロムバルディアの者にて名をマルコといへり、我よく世の事を知り、今はひとりだに狙《ねら》ふ人なき徳を慕へり 四六―四八
汝登らんとてこなたにゆくはよし。かく答へてまたいふ。高き處にいたらば請ふ汝わがために祈れ。 四九―五一
我彼に。我は誓ひて汝の請ふところをなさむ、たゞ我に一の疑ひあり、我もしこれを解かずば死すべし 五二―五四
こは初め單《ひとへ》なりしも今|二重《ふたへ》となりぬ、そは汝の言《ことば》、これと連《つら》なる事の眞《まこと》なるをこゝにもかしこにも定かに我に示せばなり 五五―五七
世はげに汝のいふごとく全く一切の徳を失ひ、邪惡を孕みてかつこれにおほはる 五八―六〇
されど請ふ我にその原因《もと》を指示《さししめ》し、我をして自らこれを見また人にみするをえしめよ、そは或者これを天に歸し或者地に歸すればなり。 六一―六三
憂ひの噫《あゝ》に終らしむる深き歎息《ためいき》をつきて後彼曰ひけるは。兄弟よ、世は盲《めしひ》なり、しかして汝まことにかしこより來る 六四―六六
汝等生者は一切の原因《もと》をたゞ上なる天にのみ歸し、この物必然の力によりてよく萬事を定むとなす 六七―六九
若し夫れ然らば自由の意志汝等の中に滅ぶべく、善のために喜び惡のために悲しみを得るは正しき事にあらざるべし 七〇―七二
天は汝等の心の動《うごき》に最初《はじめ》の傾向《かたむき》を與ふれども、凡てに於て然るにあらず、また假りに然りと見做すも汝等には善惡を知るの光と 七三―七五
自由の意志と與へらる(この意志もしはじめて天と戰ふ時の疲勞《つかれ》に堪へ後善く養はるれば凡ての物に勝つ) 七六―七八
汝等は天の左右しあたはざる智力を汝等の中に造るもの即ち天より大いなる力、まされる性《さが》の下《もと》に屬して而して自由を失はず 七九―八一
此故に今の世《よ》路を誤らば、その原因《もと》汝等の中にあり、汝等己が中にたづねよ、我またこの事について今明かに汝に告ぐべし 八二―八四
それ純なる幼《をさな》き魂は、たゞ己を樂しますものに好みてむかふ(喜悦《よろこび》の源なる造主《つくりぬし》よりいづるがゆゑに)外《ほか》何事をも知らず 八五―
あたかも泣きつゝ笑ひつゝ遊び戲るゝ女童《めのわらは》のごとくにて、その未だあらざるさきよりこれをめづる者の手を離れ ―九〇
まづ小《さゝ》やかなる幸《さいはひ》を味ひてこれに欺かれ、導者か銜《くつわ》その愛を枉げずば即ち馳せてこれを追ふ 九一―九三
是に於てか律法《おきて》を定めて銜となし、またせめて眞《まこと》の都の塔を見分くる王を立てざるあたはざりき 九四―九六
律法なきに非ず、されど手をこれにつくる者は誰ぞや、一人《ひとり》だになし、これ上《かみ》に立つ牧者|※[#「齒+台」、第4水準2−94−79]《にれが》むことをうれどもその蹄《つめ》分れざればなり 九七―九九
このゆゑに民は彼等の導者が彼等の貪る幸《さいはひ》にのみ心をとむるをみてこれを食《は》み、さらに遠く求むることなし 一〇〇―一〇二
汝今よく知りぬらむ、世の邪《よこしま》になりたる原因《もと》は、汝等の中の腐れし性《さが》にあらずして惡しき導《みちびき》なることを 一〇三―一〇五
善き世を造れるローマには、世と神との二の路をともに照らせし二の日あるを常とせり 一〇六―一〇八
一は他《ほか》の一を消しぬ、劒《つるぎ》は杖と結ばれぬ、かくして二を一にすとも豈|宜《よろ》しきをうべけんや 一〇九―一一一
これ結びては互ひに恐れざればなり、汝もし我を信ぜずば穗を思ひみよ、草はすべて種によりて知らる 一一二―一一四
アディーチェとポーの濕ほす國にては、フェデリーゴがいまだ爭ひを起さざりしころ、常に武あり文ありき 一一五―一一七
今は善き人々と語りまたは彼等に近づくことを恥ぢて避くる者かしこをやすらかに過ぐるをう 一一八―一二〇
されど古をもて今を責め、神の己をまさる生命《いのち》に復《かへ》し給ふを遲しとおもふ三人《みたり》の翁《おきな》なほまことにかしこにあり 一二一―一二三
クルラード・ダ・パラッツオ、善きゲラルド及びフランス人《びと》の習ひに依《よ》りて素樸のロムバルドの名にて知らるゝグイード・ダ・カステル是なり 一二四―一二六
汝今より後いふべし、ローマの寺院は二の主權を己の中に亂せるにより、泥士におちいりて己と荷とを倶に汚《けが》すと。 一二七―一二九
我曰ふ。あゝわがマルコよ、汝の説くところ好《よ》し、我は今レーヴィの子等がかの産業に與かるあたはざりしゆゑをしる 一三〇―一三二
されど汝が、消えにし民の記念《かたみ》に殘りて朽廢《くちすた》れし代《よ》を責むといへるゲラルドとは誰の事ぞや。 一三三―一三五
答へて曰ふ。汝の言《ことば》我を欺くか將《はた》我を試むるか、汝トスカーナの方言《くにことば》にて我と語りて而して少しも善きゲラルドの事をしらざるに似たり 一三六―一三八
我彼に異名《いみやう》あるをしらず――若し我これをその女《むすめ》ガイアより取らずば――願はくは神汝と倶にあれ、我こゝにて汝と別れむ 一三九―一四一
烟をわけてはや白く映《さ》す光を見よ、天使かしこにあり、我はわが彼に見えざるさきに去らざるをえず。 一四二―一四四
斯くいひて身をめぐらし、わがいふところを聞かんともせざりき 一四五―一四七
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第十七曲
讀者よ、霧|峻嶺《たかね》にて汝を襲ひ、汝物を見るあたかも※[#「鼬」の「由」に代えて「晏」、第3水準1−94−84]鼠《もぐら》が膜を透してみるごとくなりしことあらば、憶《おも》へ 一―三
濕《しめ》りて濃き水氣の薄らぎはじむるころ、日の光微かにその中に入り來るを 四―六
しかせば汝の想像はわが第一に日(このとき沈みかゝりぬ)を再び見しさまを容易《たやす》く見るにいたるべし 七―九
我は斯くわが歩履《あゆみ》をわが師のたのもしきあゆみにあはせてかゝる雲をいで、はや低き水際《みぎは》に死せる光にむかへり 一〇―一二
あゝ千の喇叭《らっぱ》あたりに響くもしらざるまでに人をしば/\外部《そと》より奪ふ想像の力よ 一三―一五
若し官能汝に物を與へずば誰ぞや汝を動かすは、天にて形造《かたちづ
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