\一一四
己を殺すもののために神の赦しを乞へる最初の殉教者ステパノをあげて第三例とす(使徒、七・五四以下)
【民】ユダヤ人
【目を天の】目をひらきて天を望み
一一五―一一七
【わが魂】わが魂己が外《そと》なる實在に歸れるとき、換言すればわが魂夢幻の境界を脱して五官の覺醒に歸れるとき
スカルタッツィニ曰。ダンテはこゝに客觀と主觀の別を明かにせるなり、彼がその幻の中に見し物は眞(實物)なれどもそは主の眞即ち己が心の中《うち》にある物にて心の外《そと》の眞に非ず、されど人には己の外の存在として物を見るの習ひあれば己の内のみの現象を己の外の現象と見做し主の實を客の實に變へ易し、此故にダンテはその夢心地なりし間己が見もし聞きもせることを己の外にて實際に起れること即ち客の眞客の實なりと思へるなり、而してかく思へることの誤りなるをさとれるはその心外物の感觸に歸れる刹那にあり、されど彼がこの誤りを僞りならざる誤りといへるは、いまだ欺かるとの自覺なく己が前に現はれしもの(こは存在の象《かたち》にして實在の象にあらねど)を實際に見たりと思ひたればなり、物の現はれしは眞なれどもこれをまことに彼に見せしめしものはその肉眼にあらずしてその心その魂その靈の眼なり
【僞りならざる】主觀の眞なれば
一二一―一二三
【レーガ】二三|哩《ミーリア》
一三〇―一三二
【泉】神
【平和の水】寛容の徳
一三三―一三五
我は肉眼のみをもて物を見る人と異なりてよく物の内部をみるが故に今かくの如く汝に問へるも汝の足の定まらざりし理由を問へるにあらずしてたゞ汝を勵ませしなり
一三六―一三八
【怠惰】怠惰のため眠り覺めて後もなほ容易に活動せざるもの
一四二―一四四
【煙】忿怒の罪を淨むる烟。烟の目を冒して物を見るあたはざらしむるは怒りの智をくらまして是非を辨ぜしめざるに似たり


    第十六曲

黒烟につゝまれて忿怒の罪を淨むる魂の一、ロムバルディアのマルコ、ダンテの問ひに答へて意志の自由と世の腐敗を論ず
一―三
【乏しき】限界狹き
【星】原文、遊星。すべての天體の光をいふ
一三―一五
【のみ】pur これをウェルギリウスの詞とし、汝たゞ我と離れざるやう心せよと讀む人あり
一六―一八
【神の羔】キリスト(ヨハネ、一・二九)
一九―二一
【アーグヌス・デイー】Agnus Dei(神の羔)名高き祈りの歌にてその各節この二語にはじまる
神の羔、世の罪を取去りたまふものよ、我等を憐みたまへ
神の羔、世の罪を取去りたまふものよ、我等を憐みたまへ
神の羔、世の罪を取去りたまふものよ、我等に平安を與へたまへ
二二―二四
【怒りの結を】怒りの罪を淨む
二五―二七
【いまだ】猶世に生くる者のごとく
【月】calendi(各月の第一日)。永遠の世にては時をかく分つことなし
三一―三三
【奇しき事】生者にして冥界に旅すること
三四―三六
【行くをうる】罪を淨むる者烟の外に出づる能はず、されどその内にては進むも退くも自由なるに似たり
三七―三九
【纏布】肉體
四〇―四二
【近代に】使徒パウロ以來(地、二・二八以下參照)
四六―四八
【ロムバルディアの者】Lombardo 或曰。ロムバルドは國を指せるにあらず、マルコがヴェネツィアのロムバルディ家の出なればかくいへるなりと
【マルコ】十三世紀の人、傳不詳
【ひとりだに狙ふ人なき】原文、人みな弓を弛むべし
四九―五一
【高き處】天の王宮
五二―五四
【死すべし】その苦しみに堪へずして
五五―五七
この疑ひ(世の腐敗の原因に關する)はさきにグイード・デル・ドゥーカよりイタリアの罪惡を聞きしとき(淨、一四・二九以下)既に起れるものなるが今また汝より人類のおしなべて徳に遠ざかることを聞き彼此相對比していよいよ世の眞相をたしかめ疑ひ從つていよ/\深し
【これと連なる事】わがこの疑ひに關すること即ち世の腐敗
【こゝにもかしこにる】マルコの言とグイードの言とを指す。ダンテはマルコの言によりてマルコ自らいへることとグイードのいへることとの眞なるをかたく信ずるにいたれるなり
六一―六三
【或者】或者は世の墮落を星辰(諸天)の人間に及ぼす影響に歸し、或者はこれを人間の惡に傾く性情、その自由の意志の濫用に嫁す
六四―六六
【汝まことに】汝の無智は汝が世より來り世に屬する者なるを示す
七〇―七二
善惡の應報は自由の意志を豫想す
七三―七五
【天は】星辰の影響は人慾の最初の作用に及べどもその作用の全體に及ぶにあらず(星辰以外の影響あり)
七六―七八
【天と戰ふ】星辰の人慾に及ぼす影響と戰ふ。自由の意志もしこの戰ひに勝ちて而して後修養を經れば遂に何物の影響をもうけざるにいたる
七九―八一
汝等は神の大能の下に屬してしかして自由を失はず、この大能は星辰の力の左右し能はざる理智の魂を汝等に賦與す
八二―八四
【明かに】原文、眞《まこと》の説明者とならむ。spia は穿鑿者の義より轉じて説明者若くは報告者の意に用ゐられしもの
八五―九三
創造の初めに於ては人の魂無邪氣にして思慮なくたゞ本能に從つて己を樂します物にむかふ、かくて世の幸を味ふに及び、これに欺かれて以て眞《まこと》の幸となしたゞこれをのみ追ひ求む
【未だあらざるさきより】人の魂はそのいまだ造られざるさきに既に神の聖意《みこころ》の中に存在す、神見てこれを善しとしたまふ
【導者か銜】皇帝(及び法王)か律法、もしその愛慾を正しき道に向はしめずば
九四―九六
【眞の都の塔】天の王宮の塔如ち正義
九七―九九
【手をこれにつくる者】律法を施行する者
【牧者】法王
【※[#「齒+台」、第4水準2−94−79]む】モーゼの律法はイスラエル人が反芻せず蹄分れざる獸の肉を食ふことを禁ぜり(レビ、一一・三以下)
註釋者曰。反芻は智をあらはし雙蹄は善惡の別をあらはす、即ち法王が聖典の事に通ずれども善惡の別をあきらかにせず、天上の幸を顧みずして地上の幸をのみ求め、帝王に代りて正義を行ふ能はざるをいふと
一〇〇―一〇二
【幸】地上の。民その導者に傚ひて地上の慾を追ひ、靈の幸を求むることなし
一〇三―一〇五
かく見來れば世の腐敗の原因は星辰にあらずして人間にあり、人間にありと雖もこは人の性惡しきの謂にあらずして治者の指導その宜しきをえざるの謂なり
一〇六―一〇八
【二の日】二の主權即ち皇帝と法王(地、三四・六七―九註參照)
一〇九―一一一
【一は】然るにその後法王の權は皇帝の權を奪ひ、地上の權は靈界の權に合せらる
【杖】pastorale 僧官のしるしの杖
一一二―一一四
【恐れざれば】二個の獨立せる主權相扶掖してはじめて治國の道を全うす、しかるに政教一途よりいづれば互ひに相顧みて警戒するの要なく互ひに相助くるの要なきがゆゑに從つてその權を恣にするにいたる
【穗を】二主權混合の結果のいかなるやを思ふべし、すべて草木の善惡はその結ぶ實によりて知らるゝなり(マタイ、七・一六以下參照)
一一五―一一七
以下實例を擧げて政教混亂の禍ひを示せり
【國】ロムバルディア。アデーチエ(アディージェ)及びポーの兩河の流るゝ國
【フェデリーゴ】皇帝フリートリヒ二世(地、一〇・一一八―二〇註參照)。フリートリヒがいまだ法王と爭はざりし頃
一一八―一二〇
己あしきため善人と語りまたはこれに近づくことをすら恥づる者今は恐れずしてかの地を過ぐるを得、かの地に善人なければなり
一二一―一二三
【神の己を】かの敗徳の地を去りて神の許に歸るをうる日を待侘《まちわぶ》る三人の翁
一二四―一二六
【クルラード・ダ・パラッツオ】ブレッシアの貴族
【ゲラルド】ゲラルド・ダ・カーミノ。トレヴィーゾの人にて長くこの町を治めしもの(一三〇六年死)、ダンテ『コンヴィヴィオ』の中に(四、一四・一一四以下)その徳を稱せり
【グイード・ダ・カステル】レッジオの人
【ロムバルド】(ロムバルディアの人)グイードはこの異名によりて却つてよく知らるとの意、フランス人云々については或ひはグイードの聞えフランス人の間に高く彼等グイードを呼ぶにこの異名を以てせりといひ或ひはフランス人はイタリア人をおしなべてロムバルドと呼べりともいふ
一二七―一二九
【荷】政教の
一三〇―一三二
【レーヴィ】イスラエルの民の中なる僧侶の族にて代々産業をうくるをえず(民數紀略一八・二三)。ダンテはマルコの言を聞きて寺院の徒に俗慾に腐心するの非なるを思ひ、レーヴィの族が專心神に事ふるをえんため産業に與かる能はざりし次第をさとりえたりとの意
一三三―一三五
【消えにし民】昔の民(文武の徳あまねかりし頃の)
一三六―一三八
我汝の言を聞き違へたるか或ひは汝我になほもゲラルドの事をいはしめんとてかくいひて我を試むるか、汝トスカーナの者にして少しも彼の事を知らざる筈なし
【トスカーナ】ゲラルドの名はトスカーナにて最も人に知られきといふ
一三九―一四一
我若し彼をゲラルドと呼ばずばガイアの父といふの外なし
【ガイア】ゲラルドの女(一三一一年死)、素行修まらざるを以て知らるといふ(但し異説あり、されど思ふにこゝにては善き父と惡しき子とを對照せるならむ)
一四二―一四四
【光】天使よりいづる
【彼に見えざるさきに】罪未だ清まらざるがゆゑに天使の前にいづるをえず


    第十七曲

ウェルギリウスとともに黒烟をいでて後ダンテまづ忿怒の罰の例を異象に觀、次で天使の教へに從ひ階を上りて第四圈即ち懶惰の罪の淨めらるゝ處にいたる、この時日既に暮れてまた進むこと能はざれば導者はこゝにダンテのために人間の愛慾を論じ、淨火の罪の分類を明かにす
一―三
【※[#「鼬」の「由」に代えて「晏」、第3水準1−94−84]鼠】※[#「鼬」の「由」に代えて「晏」、第3水準1−94−84]鼠の眼は薄き膜に蔽はれて物を見る能はずといへる古説によれり
七―九
【第一に】畑をいでて第一に
一〇―一二
【雲】黒烟
【水際に死せる】水際即ち山麓を照らさざる
一三―一五
【外部より奪ふ】外物の刺激を人に感ぜしめざる
一六―一八
想像の力を刺激してこれを活動せしむるもの官能にあらざるときは即ち星辰若くは天意なり
【光】力。天より出づる力は或ひは星辰の影響により(自ら[#「自ら」に白丸傍点])或ひは上帝の聖旨(意志[#「意志」に白丸傍点])によりて人の想像を刺激す
一九―二一
怒りの罰の第一例、プロクネ(プロニエ)
【鳥】鶯
【女】プロクネ。トラキア王テレウスの妻なり、その妹ピロメラ、テレウスに辱しめられしとき、仇を報いんため己とテレウスの間の子イテュスを殺し、夫を欺いてこれが肉をくらはしむ、神々即ちその罪を惡み化して鳥となす(オウィディウス『メタモルフォセス』六・四一二以下參照)
ギリシアの物語によればプロクネは鶯にピロメラは燕に化し、ラテンの物語によれば前者は燕に後者は鶯に化す、ダンテはギリシアの物語に從へり
二二―二四
【わが魂は】心異象にのみ凝りて外部の印象をうけざるをいふ
二五―三〇
第二例、ハマン。ハマンはペルシア王アハシュエロス(アッスエロ)の臣なり、君寵淺からず諸民跪きてこれを拜す、しかるにユダヤ人モルデカイ(マルドケオ)なるもの獨りこれを敬はざりしかばハマン大いに怒り諸州のユダヤ人を悉く殺さんと謀れり、王妃エステルこの謀を王に告げハマン遂に木に懸けて殺さる(エステル書、三以下)
三四―三九
第三例、アマータ。ラチオ人の王ラティヌスの妻なり、アエネアスの軍近づくを見てこれと戰へるツルヌス(女婿となるの約ありし)既に死せりと思ひその女ラウィニアがかの漂流の客アエネアスの妻とならんこと恐れ怨みの餘り縊りて死す(『アエネイス』一二・五九五以下參照)
【處女】ラウィニア
【かの人】ツルヌス(地、一・一〇六―八並びに註參照)
四〇―四二
【消えざるさきに】睡り未だ全く去らずしばらく覺醒と戰ひ眠れる者をして夢現の間にさまよはしむるをいふ、ダンテの異象の一時に消え失せずしてなほしばらく眼前にちらつきたるにたとへしなり
四二―四五
【見慣るゝ光】日光
【もの】天使の光
四九―五
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