る 六四―六六
我はオムベルトなり、たゞ我にのみ傲慢《たかぶり》害をなすにあらず、またわが凡ての宗族《うから》をば禍ひの中にひきいれぬ 六七―六九
神の聖心《みこゝろ》の和《やは》らぐ日までわれ此罪のためにこゝにこの重荷を負ひ、生者《しやうじや》の間に爲さざりしことを死者の間になさざるべからず。 七〇―七二
我は聞きつゝ頭《かうべ》を垂れぬ、かれらのひとり(語れる者にあらず)そのわづらはしき重荷の下にて身をゆがめ 七三―七五
我を見て誰なるやを知り、彼等と倶に全く屈《かゞ》みて歩める我に辛うじて目を注ぎつゝ我を呼べり 七六―七八
我彼に曰ふ。あゝ汝はアゴッビオの譽《ほまれ》、巴里《パリージ》にて色彩《しきさい》と稱《とな》へらるゝ技《わざ》の譽なるオデリジならずや。 七九―八一
彼曰ふ。兄弟よ、ボローニア人《びと》フランコの描けるものの華《はなや》かなるには若かじ、彼今すべての譽《ほまれ》をうく、我のうくるは一部のみ 八二―八四
わが生ける間は我しきりに人を凌《しの》がんことをねがひ、心これにのみむかへるが故に、げにかく讓《ゆづ》るあたはざりしなるべし 八五―八七
我等こゝにかゝる傲慢《たかぶり》の負債《おひめ》を償ふ、もし罪を犯すをうるときわれ神に歸らざりせば、今もこの處にあらざるならむ 八八―九〇
あゝ人力の榮《さかえ》は虚《むな》し、衰へる世の來るにあはずばその頂《いたゞき》の縁いつまでか殘らむ 九一―九三
繪にてはチマーブエ、覇を保たんとおもへるに、今はジオットの呼聲《よびごゑ》高く、彼の美名《よきな》微《かすか》になりぬ 九四―九六
また斯の如く一のグイード他のグイードより我等の言語《ことば》の榮光を奪へり、しかしてこの二者《ふたり》を巣より逐ふ者恐らくは生れ出たるなるべし 九七―九九
夫れ浮世《うきよ》の名聞《きこえ》は今|此方《こなた》に吹き今|彼方《かなた》に吹き、その處を變ふるによりて名を變ふる風の一息《ひといき》に外ならず 一〇〇―一〇二
汝たとひ年へし肉を離るゝため、パッポ、ディンディを棄てざるさきに死ぬるよりは多く世にしらるとも 一〇三―一〇五
豈|千年《ちとせ》に亙らむや、しかも千年を永劫に較ぶればその間の短きこと一の瞬《またゝき》をいとおそくめぐる天に較ぶるより甚し 一〇六―
路を刻《きざ》みてわが前をゆく者はかつてその名をあまねくトスカーナに響かせき、しかるに今はシエーナにても(その頃たかぶり今けがるゝフィレンツェの劇しき怒《いかり》亡ぼされし時彼はかしこの君なりき)殆んど彼のことをさゝやく人なし ―一一四
汝等の名は草の色のあらはれてまたきゆるに似たり、しかして草をやはらかに地より生《は》え出《いで》しむるものまたその色をうつろはす。 一一五―一一七
我彼に。汝の眞《まこと》の言《ことば》善き謙遜をわが心にそゝぎ、汝わが大いなる誇《ほこり》をしづむ、されど汝が今語れるは誰の事ぞや。 一一八―一二〇
答へて曰ふ。プロヴェンツァン・サルヴァーニなり、彼心驕りてシエーナを悉くその手に握らんとせるがゆゑにこゝにあり 一二一―一二三
彼は死にしより以來《このかた》かくのごとく歩みたり、また歩みて休《やす》らふことなし、凡て世に膽《きも》のあまりに大《ふと》き者かゝる金錢《かね》を納めて贖《あがなひ》の代《しろ》とす。 一二四―一二六
我。生命《いのち》の終り近づくまで悔ゆることをせざりし靈かの低き處に殘り、善き祈りの助けによらでは 一二七―
その齡《よはひ》に等しき時過ぐるまで、こゝに登るあたはずば、彼何ぞかく來るを許されしや。 ―一三二
彼曰ふ。彼榮達を極めし頃、一切の恥を棄て、自ら求めてシエーナのカムポにとゞまり 一三三―一三五
その友をカルロの獄《ひとや》の中にうくる苦しみの中より救ひいださんとて、己が全身をかしこに震はしむるにいたれり 一三六―一三八
我またいはじ、我わが言《ことば》の暗きを知る、されど少時《しばらく》せば汝の隣人《となりびと》等その爲すところによりて汝にこれをさとるをえしめむ 一三九―一四一
この行《おこなひ》なりき彼のためにかの幽閉を解きたるものは。 一四二―一四四
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   第十二曲

我はかの重荷を負へる魂と、あたかも軛《くびき》をつけてゆく二匹の牡牛のごとく並びて、うるはしき師の許したまふ間歩めり 一―三
されど師が、彼をあとに殘して行け、こゝにては人各※[#二の字点、1−2−22]帆と櫂をもてその力のかぎり船を進むべしといへるとき 四―六
我は行歩《あゆみ》の要求《もとめ》に從ひ再び身を直《なほ》くせり、たゞわが思ひはもとのごとく屈みてかつ低かりき 七―九
我既に進み、よろこびてわが師の足にしたがひ、彼も我も既に身のいかに輕きやをあらはしゐたるに 一〇―一
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